キズと思い出が育む、大らかな小居。
—視線の先にいつも緑があるように。一人ひとりが思い思いに過ごしながらも、家族の気配をほんの少し感じられるように。
そんな思いを胸にこの家を形にしたのは、エキップ所属の建築家であり、この家のご主人でもある柳本さん。
なかでも印象的なのは、キッチンの奥、息子さんの部屋の中に設けられたブランコ。
家族が夕食の支度をしている様子を横目に、外の緑を眺めて揺られる時間がなんとも心地よさそう。
家づくりのきっかけは、息子さんのご誕生。住み始めて4年が経ち、家族それぞれが心地よく過ごす日々の暮らしについてお話を伺いました。
左官の静けさをまとう1階
お伺いしたのは、初夏の蒸し暑い日のこと。玄関の扉を開けると、左官のひんやりとした空気に包まれる。広々とした土間、その奥にワーキングスペース・浴室・寝室が配置されている。
「この辺りは住宅が密集していて日当たりが良くないため、それならいっそ、と思い1階は少し薄暗くて静かな空間を作りました。寝る場所としては、これくらいが落ち着きますね」と柳本様。
左官材料とは、壁や床の仕上げに使われる材料のこと。水と、消石灰・珪藻土・セルロースなどの素材を混ぜ、コテを使い塗り広げて仕上げる。人の手で塗り広げられるため、ほどよいムラ感が生まれ、光の当たり方で様々な表情を見せるのが魅力の一つです。
玄関でもあり、居間でもある。
小さな家をゆったり見せるために、玄関は広くとったという。
土間の続きのワークスペースで仕事をしていると、家族が帰ってきた時になんとなく気配を感じるそう。覗いてみると、学校帰りの息子さんが土間のソファでまったりとくつろいでいるのだとか。
「私自身も、仕事の区切りにふうと一息ついたりしています。取引先の方がいらした時はここで応対したり、居間の一つとしても使っています」
くつろげる階段
階段を上ると、踊り場に居心地のよさそうなヌックスペースが現れる。
延床面積の25坪をあますことなく使い切るため、一つだけの用途にするのはもったいないと考え、ここは“階段兼くつろぎ”の空間となった。
息子さんがもっと幼い頃は、少し離れてくつろぎたい時によく使っていたそうですが、小学生に上がり少し手が離れた今は、当時よりも使うことは減ったのだとか。
「息子のお友達が10人ほど遊びに来た時、女の子がここでくつろいでいる事が多いです」と、お子様の成長や環境の変化に伴って、使いかたも変化していくようです。
光と木があたたかい2階
2階へ上がると、明るく木のぬくもりが感じられる空間が広がる。天窓から差し込む光、大きな窓から眺める木々の揺らぎが心地よい。
1階のしっとりと静かな空間に対し、2階は明るい雰囲気にしたそう。
1階と2階、異なる表情を愉しむ。
1階と2階で共通して使われている深みのあるグレー色の左官材は、光の入り方で表情が変わる。日が穏やかに差し込む1階では、落ち着いたトーンが引き立ち、静かな空気をまとって見えたが、光をたっぷりと取り込む2階では、白みがかったやわらかな印象に。
そんな空間の違いを楽しみながら、柳本様が取り入れている“仕事のスイッチを入れる”朝の習慣がある。
「朝、1階のカーテンやワークスペースの入り口あたりに好きな香りをひと拭き。2階から下りてくると、ふわっとその香りが鼻をかすめて、気持ちが整っていきます」と柳本様。
光、素材の見え方、香り。ささやかな空間の変化が、暮らしの中で気持ちを整えてくれる。
木の上を歩く
フローリングは、後から変えたいと思っても剥がすのが大変なので、本当にいいと思うものを妥協せずに選んだ。4㎜厚の単板に、300㎜幅というなんとも贅沢な仕様。オーク材が使用されている。
一歩一歩、木の上を歩いている、という感覚が強いところがお気に入り。
木とステンレスのキッチンを求めて
キッチンも、床材と同じオークを選択。家を構成する素材や樹種に統一感を出したい、と考えた時に当てはまったのがsu:iji(スイージー)のキッチンだったという。
・木とステンレスの組み合わせができること
・既製品で価格がリーズナブルなものであること
・すっきりとしたデザインであること
が選んだ理由。
「扉がホンモノの木なところがいいですね。ガッと衝撃を加えてしまった時でも、傷や凹みが目立ちにくく、それがのちに個性や味わいにもなるので、ある程度は大丈夫だという安心感があります」。
メラミンや木目調のシート貼りのものよりも、本物の木の素材であるsu:ijiの扉が空間にしっくり馴染むと考えた。
取手はFORMANI社のFERROVIA
キッチンや、ドアの取手は、オランダのハードウェアメーカーであるFORMANI社のものがつけられている。
持ちやすくて、甘すぎずシャープすぎないところがお気に入りのポイント。
お家全体の取手をこのシリーズに統一するために、今回、su:ijiで選べる取手とは別で用意したそう。
いつも使う器、とっておきの器
お気に入りです、と手に取られたのは、大ぶりのワイングラス。
「なみなみに注がずに、ほんの少しで味わうのが好きです」と柳本様。
いつも使う器は、キッチン横の可動棚に置きさっと取り出しやすく。
お祝いなど特別な日に使いたい大切な器は、ダイニングに配置されたアンティークのチェストに。
器選びは奥さまとお二人で行うことが多いそうで、チェストを開けると、イタリアなど旅先で見つけたこだわりのお皿がずらりと並ぶ。
キッチン、可動棚、チェストで収納は十分。
「su:ijiの引出しは、使い勝手がいいように感じます。細かい仕切りとかがついておらずシンプルなので、がばっと入れやすいです。一番下のアンダーストッカーにも結構入るので、予備のものとかも入れています。収納量はこれで十分」。
キッチン窓からの風景
「キッチンの正面に窓を設けること」は、家づくりにおいて奥様が強く望んでいたことだったそう。
ベランダに面した窓で、人目を気にすることなく、いつでも外のグリーンや天気を楽しむことができる。
ベランダの使い方は、日によってさまざま。外の風が心地よい春には家族みんなでごはんを囲んだり、ママ友会が開催されたり。夏の暑い日に、あえてここでキンキンに冷えたビールを飲むのも最高です、と柳本様。
キッチンに立った時に目に映る日々の風景は、いつも楽しそうです。
キッチンからただよう夕食の気配を、ブランコに揺られて感じる。
キッチンの奥に配置された息子さんのお部屋には、なんとブランコがある。窓からの緑の景色を眺めながら揺られていると、時間が経つのを忘れてしまいそう。
「α波が出そうなくらいリラックスできるので、大人にもおすすめです。私も家族が寝静まった夜、たまにブランコに揺られて、反省したりしてます」と柳本様。
思わぬブランコの使い方があった。
小ぶりで趣のある古道具の椅子。昔の中国の茶館で、ゆったりと将棋を指す風景が浮かぶような佇まい。
キッチンの背面に配置された、作業台がわりの古いミシン台。
古いものは、「他の人が育ててくれたもの」。
「時間が経つほど、どんなものも良くなると思っています。むしろ、他の誰かが大切に育ててくれたからこそ出る味わいや雰囲気が、空間に馴染んでくれるんです」。
お家にあるほとんどのものは、アンティーク家具や古道具。そのどれもが、空間にしっくりと馴染み佇んでいる。
ちょっと歪んでいるくらいがいい。
ダイニングを照らすランプも、ビンテージもの。1970年代のLouis Poulsen の、“AJロイヤル”。
「セレクトショップにお願いして、取り寄せてもらったんです。ちょっと歪んでてもいいですか?と言われ、むしろそれがいいです、と言い購入しました」と柳本様。
約半世紀を経て生まれた風合いが、ダイニング空間に柔らかく調和しています。
暮らしのキズ
住みはじめて、4年。左官材の壁のあちこちには息子さんが剣やコマで攻撃した跡、自然素材のヒビや割れが。
「キズ・ヒビが模様みたいになっています。でも、そんなところも包み込んでくれる大らかさが左官材にはあるんですよね」。
経年
暮らしのキズは、木の机や床にも。窓際に設けられた机は息子さんの作業場で、色とりどりの画具の跡がついている。図工室の机のように迫力がでてきましたね、と柳本様。
床についた小さなキズは、日常生活の中ではあまり気づかないという。
自宅案内
家づくりを検討されている方にご自宅を案内されることもある柳本様。その際、敢えてキズをご覧いただいているそう。
「住みはじめって、細かいキズとかがすごく気になってしまうこともあると思うんです。ですがあらかじめご覧いただいて、全体で見るとそんなに気にならないよね、と話すとご納得いただけることが多いです。左官材や木は、多少えぐれてもそれが味になります」
家族とともに育つ家。
庭の植栽は背を伸ばし、息子さんもすっかりお兄さんの顔に。季節のうつろいとともに、家族の過ごし方も家そのものも、ゆるやかに変化し続けています。
使い込むほど美しくなるアンティーク家具のように、家もまた、毎日の暮らしの積み重ねで味わい深く育っていくのだと感じます。
(文:加藤)