まちと人をつなぐリノベーション。桐生市「さくげつ」
群馬県桐生市は、古くから織物産業で栄えた歴史のある地方都市。そのため今でも洋服などのアパレル関係の会社が根強く残る街です。最近では、新たな古着屋さんも多くできはじめるなど、それはちょっとしたブームにもなっているとか(⁈)
街の風景にそっと溶け込む
JR両毛線桐生駅から、駅前通りの商店街を抜けて少し歩いた先にある古民家。リノベーションされ新しく生まれ変わった今も、街の風景にそっと溶け込み、以前からずっとそこにあったかのようなさりげなさが残されています。前を通りかかれば、思わずなんだろう?と足を止めてしまう、気になる佇まい。
お野菜などの食材、衣服や器などを取り扱うお店『さくげつ』です。
(左から)UNIT KIRYU(株)/川村徳佐代表、さくげつ店主/田口康範氏、ねぎしけんちくスタジオ/根岸陽代表
「僕が学生時代の20~30年前はセレクトショップみたいなのがたくさんあって、周りの町からも桐生に服を買いに来るってのが定番だったんですよ。昔はちょっとしたファッションの街だったんです」そう語るのは、UNIT KIRYU(株)の川村代表。本業では、代々続く家業の糸商を営む傍ら、街の不動産会社とタッグを組んで、桐生のまちづくり、空き家の再生などを推進する事業を行っています。川村さんは桐生生まれ桐生育ち、Uターンで東京から桐生に戻ってこられました。
「織物産業が栄えた明治時代、そのころ建てられた築100年とかの古民家が、この辺りでは今でもけっこう残っていて、それをおもしろいとおもう若い世代がいて、住むのにいい環境なんでしょうね」と、ねぎしけんちくスタジオの根岸代表。こちらのリノベーションの設計、デザインを手がけられました。根岸さんも群馬で生まれ育ち、桐生に対しては愛着があるので、本業である設計を生かして、まちづくりに貢献できればいいなと常々考えているそう。
店舗名の「さくげつ」は月の満ち欠けで、新月のこと。月をイメージした円形のお店の新しい看板。これも根岸さんがデザイン。
川村さんと根岸さんは、桐生のまちづくりにおいて何かしら一緒にお仕事をすることが多く、この「さくげつ」も、一緒にすすめたリノベーション物件の一つ。
当初は不動産会社から依頼を受けて、根岸さんのほうで設計を進めていた案件なのですが、この物件の状態や活用の仕方、のちの魅せかたや協力体制を考えたときに「UNIT KIRYUでやったほうがよいかも?」という話になり、正確にいうと、途中から一緒にまちづくりの事業としてすすめることとなったそう。
桐生に移住してお店を開業した田口さん
そんな、まちづくりを推進するお2人と、店主田口さんご家族の移住、お店開業への想いが重なり合い「さくげつ」は生まれました。
取材時、ご近所に住む常連さんをはじめ、入れ代わり立ち代わり、お客さんが途切れません。
田口さんは、東京のアパレル会社を辞めて独立。出身地は京都、大分と、ご夫婦ともに桐生生まれというわけではないですが、会社員時代に取引先も多かったというここ桐生市にIターンで移住。そしてこの物件と出会いました。現在は3人の小さなお子さんがいらっしゃいます。
お店の洋服はご主人セレクト
「基本的に妻が着て似合うかどうかというのがポイントです」と田口さん。ご主人曰く接客は奥様のほうが上手、なのだそう。「来てくれた人をやわらかく受け止める感じなんです」
厳選したものが並ぶ棚
お店には洋服だけでなく、お野菜や香辛料、全国から奥様が厳選したよいものが棚に並びます。
川村さん、根岸さん、お2人は物件の引き渡しが終わってからも、たまにお客さんとしてお買い物に来ることがあるそう。
古い柱
「ここのリノベの規模自体は、そんなに大きくなかったですね。老朽化はしていたのでそこだけクリアすれば、そんなには難しくなく、内部の解体をしたらもう半分終わったようなものでした。ただ、古い建築に新しい要素を加えるのは結構勇気がいるもので、その辺のバランス感覚は古ければ古いほど難しいですね」と根岸さん。
現在進行形で、様々な人が関わり合う
現在この建物のオーナーはUNIT KIRYU川村さん。田口さんは賃貸物件に入居してお店を営んでいるという状況です。
空き家からのリノベーション
ここはもともと、ずっと前に住んでいた方のものやゴミがそのまま残っているような、完全な空き家状態だった物件。
お店の奥、裏側の外観
サッシと外壁はそのままに、大きな庭にテラス部分が新設されました。この庭も同様に、もともとこんなに綺麗な状態ではなく、UNIT KIRYUを通じて地域でボランティアを募り、大勢のみなさまのご協力のもと、片付けられて現在に至ります。
「ここはすごいジャングルでしたね。みんなで木を引っこ抜いたりして…」と、根岸さん。
耐震補強
建物内部は、梁が細かったり柱がなかったり。「この古民家は構造的にもともとちょっと“ムリ”があった」と、根岸さん。それでも古い梁などがせっかくあるということで、計画ではなかった筋交いを入れたり、耐震補強がなされました。
切妻屋根の小屋組みがそのままに現されて、違和感なく馴染んでいます。
土間から1段上がった小上がりに、無垢フローリング
「床材は土足用ではないから、ほんとは大丈夫かな…っていうのは少しありましたが、サンプルをみてきちんと塗装されてることもわかったのでいいかなと。傷ついても木だから経年を楽しめるし、変じゃなさそうだなって。色は、あまりついてないほうがわざとらしくならないからナチュラル色にしました」と、根岸さん。
当初床は桧の予定だったところ、工事業者さんがもってきたという床材サンプルをみて、パイン材の無垢床材に変更採用したそう。
ピノアース足感フロアうづくりタイプ
「そこまで汚れないですね。傷もいい感じ」と、田口さん。日当たりのよい店内の床は色が少し焼けて艶が増し、小物ディスプレイ用に持ち込んだアンティークの什器ともうまく調和しています。
「イメージは町屋の土間みたいな作り」
レジカウンターがあり、床材の敷かれた小上がりからは、お店全体を見渡すことができます。
開放的な店内
お店の正面はガラス張りで、外からも商品や中の様子が伺えます。60㎡にも満たない小さな平屋で面積が狭いことから、間仕切りなく一つの空間にすることで、「とにかく広くみせる」工夫をしたという根岸さん。
日差しや雨を遮る、正面の軒下空間。
桐生のまちづくり
桐生というまちは、だいたい人口10万3千人くらい(2024年現在)の都市。今のところ確認ができている空き家はなんと、2800軒もあるそう。
「移住者はなんだかんだ東京からで、アパレルやってましたって方が多いですね。僕の場合は家業(糸商)があったのでもともとそういう方向性で考えて、Uターンで帰ってきましたけど。でも糸を売るだけではダメかな、って考えたとき“まちづくり”ということばに出会いました。従来はボランティア感満載だったけど、民間企業からしかけるまちづくりができないかな、って、2019年にUNIT KIRYU(株)を設立したんです。移住とリノベーションはセットなんですかね。昔のようなスクラップアンドビルドから感覚が変わってきているような気がしますね」と川村さん。
会社として設立したことにより、空き家などの物件情報が入って来やすくなったそう。
ウッドワン空間デザインアワード
夕暮れにあかりが灯ったお店は「あたたかい感じがする」と、店主田口さんが好きな眺め。道路を照らす、街灯の役割も果たしています。
こちらの物件、ウッドワン空間デザインアワード2023にてねぎしけんちくスタジオさんが入賞されています。
審査委員長の伊東豊雄先生は「古い街並みに面した平入りの民家を商業スペースとして改修し、気持ちの良い空間が実現されています。道路から庭まで続く単純明快なプランは、優劣つけ難い出来栄えだと思います」と、総評されました。
「ぼくはすごくたのしかったです。リノベーションのそのあとの関係性もふくめて、いいものができたなとおもっています。受賞もその一つですし、まちづくりにとっても結構大事な案件、きっかけでした。どこにでもあるような空き物件をこういう形で再生するのは一つの事例としてものすごくいいとおもうんです。どの町にもこの手の空き物件はたくさんありますからね。それに関わった方から、例えば看板のデザインなど後追いでお仕事も色々いただくし、のちになんかこう、一緒にお店を育てていくってのも、なんかいいな」と、根岸さん。
今回の取材では「桐生市やお店の魅力が伝わる内容にしていただけたら」と、あたたかいおことばもいただきました。
オープンから丸2年
またこの物件「さくげつ」はオープンしてから2024年3月で丸2年が経ちます。有名な雑誌媒体メディアなどからの取材依頼があったり、奥様が日々発信するお店のSNSは、常連さんにとって欠かせないライフラインのような存在でもあるそう。
「お店はやっと最近軌道にのってきたような実感があって。ありがたくやらせていただけてるって感じです。妻のファンがいて。会いに来てるってとこもあるとおもいますね。でも洋服って本来ならゆっくりゆったりみてもらって買う方が、本当は満足感があるのでしょうけど。これがベストかっていうと難しいですね。やれる範囲で楽しいこと、おもしろいこと、小さいながらもやっていきたいなって。あまり落ち着かないようにはしなきゃな、って思いますね」と、田口さん。
控えめながらも、永くこの地に足を付けて、ずっと続けていけたら、という想いが感じられました。
そんな話をしていると、「こんにちは~」外からまたお客さんの声が。
さくげつのInstagramはこちらから
(文:松岡)