土間縁のある平屋。那須で叶えた、二度目の家づくり。
住みたいところに、住みたい家を
関東平野の北端、栃木県那須郡。
東京から新幹線で約1時間程度北上したところにあり、真夏の暑い季節には避暑地としても有名。
アクセスもよく、住みやすいまちであることから、都内近郊から移住してくるかたも増加しているという場所です。
今回お訪ねしたTさんも、コロナで仕事がリモートワーク可能となったことをきっかけに首都圏から移住を決めたというご家族。那須はご夫婦に縁のある地だからというわけでもなく、お二人が好きでよく遊びにきていたという旅行先。働きかたが変わったこの機会に、ただただ「住みたいところに、住みたい家をつくりたいね」という想いだったそう。
舟形屋根をそのままに現わした、木のぬくもりを感じるこちらのお宅は「那須‐土間縁のある平屋」として、ウッドワン空間デザインアワード2023、戸建・マンション新築部門にて入賞された作品です。建築設計は岡本和樹建築設計事務所、代表岡本さん(Instagram okamoto_aa)。
お施主様であるTさんが、移住前からチェックしていたというInstagramで問い合わせをしたことから計画がはじまりました。
玄関入口から
木目が美しく映えるこちらの家、土台を含め見えないところもすべて栃木県産の日光杉、日光桧が使用されています。一般的にあまり馴染みがないかもしれませんが、保湿性、強度、そして美しく品のある白味の木目とあたたかい肌触り…水源にも恵まれた地域だからこそ育成された良質な建築資材です。
「”地産地消”といいますか。地域の材料を使うのは、建築物にテーマ性があっていいなって。ここを施工してくれた大工さんも40才で、僕と同い年なんです」と、建物への思い入れも深い岡本さん。
全国的にも良質な建材を、市場価格よりもお手頃で入手し、その恵みを享受できるのは、その地域の特権ともいえますね。
柿渋塗り
お施主様のTさんはIT企業勤務。建築系の知識はあまりなかったそうですが「古民家のようなイメージで、全体的にもう少し暗めにしたい」と要望したところ、岡本さんにサンプルをみせてもらっておすすめされたというのが“柿渋(かきしぶ)塗り”。
「柿渋」とは、渋柿の未熟な果実から汁液を発酵、熟成させて得られる赤褐色の自然素材の液体塗料。日本固有のもので、防腐効果があるなど古くから様々な用途に用いられてきたもの。
床、天井はその柿渋塗りで仕上げられ、それが独特の風合いをもたらし、全体的に落ち着いた印象となっています。
左から岡本和樹建築設計事務所、代表岡本さん、Tさんご夫妻、9か月になる娘さん、そして愛犬たち。
奥様の胸元に収まる愛犬は、チワワとミニチュアピンシャーのミックスで、名前は「きなこ」4才。以前暮らしていたところから、家族揃って一緒に移住してきたそう。「わんちゃんと一緒に住みやすい家にしたかった」というのも要望の一つで、庭は大きなドッグランにもなっています。
ちなみにもう一匹、かわいいツリーの陰に隠れているのは岡本さんの愛犬。お施主様と長期間打ち合わせを重ねるなかで、お互い気兼ねなく交流できるようになったことが伺えます。
二度目の家づくり。完全南向きのリビング
なんと家を建てるのは今回が二度目というTさん。移住前に建てた家(こちらはすでに売却済み)は、土地代が高くあまり思うような家づくりができなかったそう。
そんな経験があったからか、「要望がふわっとしていなくて具体的だった」と岡本さんは言います。
なかでも日中の日当たりを考慮した「南側向き」の設計は譲れなかった項目の一つ。
外構図
ご近所さんたちからは「ほんとに斜めに建てるの?」といわれたくらい、土地に対し建物を斜めに配置するという、とにかく方角が最優先された設計。
土間縁を備えた大きな庭
これにより真南側に、大きな三角形の庭、ドッグランスペースが確保されました。
ご夫婦二人の「住みたいところに、住みたい家を…」という強い想いが感じられます。
広い軒下空間
南向きであることに加えて、大きな土間があるのもこの家の大きな特徴。外側に柱をもう一本立てて、屋根の庇を伸ばすことで軒下空間を広げています。ギリギリ頭がぶつからない高さを緻密に計算するなど、ここは岡本さんも最も考慮したところ。
「うちはキャンプもやりますが、キャンプ場ってあと片付けが面倒ですよね。この土間で、ちょっと七輪を出して魚を焼いたり、ちょっとBBQしたり。もう外に行くことはなくなりましたね」とTさん。
暮らしの楽しみが広がる土間
気候変動の多い那須。森に囲まれたこの場所で、外でも中でもない、この広い軒下空間が設計されたおかげで、暮らす楽しみの幅も広がります。
最近は遠方からお友達家族が遊びにきてくれたりして、一緒にこのアウトドアリビングを楽しむことも。
ご主人の書斎、ワークスペースは南東の角部屋
お仕事は平日、定刻通り9時からスタート。都内の勤務先に出社するのは年に数回なのだそう。
「以前の家は、リモートワークをすると思ってなかったので、リビングでやってて集中できなかったんです。今はめっちゃ捗りますね。お隣さんの庭を借景にして、疲れたら自然に癒されて…」
本棚のあるヌックスペース
書斎のお隣、天井をわざと低くしてつくってもらったという休憩場所。
「ここ、カーテンも閉めれるんですよ。私は仕事で疲れたらちょっと休憩、妻は子供と一緒に。家族みんなで使ってますね」
リビング、奥様の専用スペースも
ご夫婦二人とも、家にはお互いの「専用スペース」をつくったそう。場所の指定はしなかったものの岡本さんが計画、提案して、今ではそれぞれがお気に入りの居場所に。
奥様は、お裁縫など家事をする作業台スペースがリビングの一角に。(写真右奥)
「ここだと子供を見ながら、お化粧もできるので」
北側にも大きな窓があり、ふんわりとやさしい光が差し込みます。
キッチンは、II型。su:ijiスイージーNZ20、ライト色
作業台が大きく、広めに確保されているキッチンスペース。普段はご主人が朝ごはんをつくり、お昼は簡単なもので済ませたりと、新しい生活のペースにも慣れてきたところ。
今は小さいお子さんがいるので、ご夫婦揃ってキッチンに立つことはあまりないそうですが、愛娘が食べ始めたという離乳食は、お二人で一緒に作るそう。
通路幅は約90cm、ペレットストーブを備え、ゆったりとしたキッチン。
「古民家的な木のおうちにしたかったので、キッチンも木がいいなとおもっていたんです。インスタみてて、扉は汚れても拭くとすぐキレイになることを知っていました。ぜんぜん汚れないですね、すごくいいです」と、奥様。
経年変化を楽しむ、真鍮の取手
ショールームの案内や展示を参考に、使用頻度の少ないリビング側の収納は、「掘り込み取手」を、キッチン内側は、こだわり取手セレクション「真鍮六角ハンドル(生地)」を選択。
これは洗面台の取手と合わせて、真鍮の経年変化を楽しみたいという奥様の要望でした。
スイージーのある暮らし
一級建築士であり、建築についてはいつも人一倍考えているという岡本さん。キッチンにスイージーをおすすめする理由があり、一言でいうと「木のキッチンで工場塗装だから」だそう。
木のキッチンを一から設計、現場で塗装するとなると、どうしても金額が上乗せになってしまいます。設計にかかる日数、塗装工程、使用する金具の多さ…。そのうえ工場塗装のような安心感はないのが難点だといいます。
T様邸のキッチンも、床と天井同様に、無塗装のものに“柿渋塗り”を施すこともできましたが、風合いが良い半面、水回りはとくにシミになりやすいということを懸念。工場で一つ一つ、ていねいにしっかりと塗装されたものということでおすすめし、この木の空間に採用されました。
既製品の安心感
「建築をやっているからって、なんでも一から作るのが良しではないんです。既製品を使いたがらないのは、目線が完全にお客さんに向いているかというとそうではなくて、ある種、建築家のエゴであったりもするので…。とはいえ、それでもオリジナルで、雰囲気のあるものを作ってほしいと言われたらもちろんやります。良し悪しで判断できない、何かがあるのかもしれませんね」と、岡本さん。
いつも、岡本さんの手がける木の空間には「ナチュラル色」を選定するそうですが、今回は初の「ライト色」を選択。柿渋塗りの空間に、うまくマッチしています。
家具との調和
柿渋塗りの内装に、少し暗めのライト色キッチン。その結果、リビングに置いたチークのビンテージテーブルがうまく調和しました。お二人は普段ここでよく一緒にお茶を飲むそう。
「建築士さんに家を建ててもらうとなると、値段も高いのかなとおもっていたけれど、そんなに“うお!”って驚く感じの金額でもなかったので。あぁ、お願いしたいな、っておもいましたね」とTさん。
「そんなにお安くやったつもりもないですけどね。笑 お金をかけるところ、コスパを考えるところ、費用対効果で安いとおもっていただければ」と、岡本さん。
引き渡し時に、湿度計をプレゼント
木の家で暮らすには、湿度管理も大切。
空気中の水分を吸ったり吐いたり、伸縮して湿度を調整するというのが木の特性。それでも、エアコンの使用や24時間換気など、人工的に使用環境を操作すると、床に隙間ができたり反ったりすることも。
岡本さんは、自分にとってもお施主様にとっても、将来的にイヤな想いをすることがないようにと、引き渡し時には湿度計をプレゼントして、「湿度50~60%を目指してほしい」とお願いしているそう。
家の湿度を意識することで、乾燥しないので風邪もひきにくくなるなど、結局は人間の身体にとって良いことに繋がります。
窓からのぞむ、ご近所さんの家
ご近所さんとはよく一緒にBBQをするそう。Tさん曰く「ほとんどがそうなのでは?」というほどに、自宅周辺は移住してきたかたが多いのだとか。
「もうずっとここに住もうかなと思っています」というご夫妻。コロナを機に、移住を即断即決したお二人の意思は固そうです。
那須高原展望台(恋人の聖地)
(文:松岡)