下諏訪の蔵土間 KURA-use
大正8年建立、築約100年の「蔵」を改装。
諏訪大社をはじめ、湖や温泉など、現在も観光地として人気のある、長野県諏訪郡の「下諏訪」。この旧家が残るまちの一角に、建築から約100年の「蔵」がある。
この蔵を所有するKさんは現在73歳で、とても“エネルギッシュ”なお父さん。県外で暮らす息子さん夫婦が、いずれ帰ってきたときに住めるようにと、ご自宅の敷地内にある「蔵」を改装された。
「蔵」というのはその昔、家とは別に構えて「家財や物を安全に貯蔵するための建物」。いわゆる倉庫、物置きのようなものなので、住居として住めるほどに大きいものはとても珍しい。ストックしておく家財が多い、つまり、当時から長者の家系であったことが想像できる。
もう何年も使用されず、中は布団や着物、骨董品などであふれていたそうだが、老朽化していく蔵の今後を考えている中で、息子さんの奥様が「蔵で暮らしてみたい」と言ったことが、改装に踏み切る後押しになったとか。
テレビでみた“断捨離”にも憧れて、よい機会なのでとあれこれ処分したそう。相当古い蔵なので「お宝」がいっぱいだったけれど、博物館の方を招くなどして、整理を手伝ってもらったそう。改築後の蔵の至る所で、ここから出てきた古材や家具が再利用されている。
門を入って奥に行くと、木壁の印象的な蔵がある。
入口は半戸外のような土間になっている。
この土間スペースだけでも相当な広さがある(約10帖)。
重厚感のある防火戸。
蔵の防火戸は、改装前でもまだゆっくりと動いて、開閉ができたそう。木の端材でできた看板には、世代を超えて繋いでいくからと「繋」と書かれている(Kさん書)。
土間を通って1階の蔵内部へ。
左奥に洗面室などの水回り、中央にキッチンがあり、約25帖大のLDKが広がる。
土間からみえた入口は、欅の引き戸。
工事の際には一旦ばらして組み立てなおした。蔵戸ひとつとっても、同じものがふたつとない。「この造り、味わいは、もう新しくつくれないから。」と建築設計したガクさん。
蔵戸の戸車はダミー。
本来なら両手を使わないとあかないほど固くて重い引き戸だったそう。扉の下側に重量級の戸車をリメイクして、やっと普通に開閉できるようになった。これはやはり技術がないとできないもの。
カギは当時のまま。今でいうチェーンロック。
ここをみてもわかるように相当な壁の厚みがある。
(左から)ジーファクトリー建築設計事務所 渡辺ガク代表、お施主様のKさん、(有)橋詰建設 手塚部長
Kさんのお散歩コースにリノベーションをした蔵があり「こんな風に改装したい!」と蔵主に声をかけたのがきっかけで出会った。当時その蔵の建築設計、施工をしていたのがこのガクさんと、手塚さん。
ガクさんの本拠点は東京にあるため、2週間に一度ほど下諏訪に通っていたそう。すべての工事を終えるまでには1年くらいかかった。
リメイクした食器棚と、キッチン。
あまり高級すぎるのも、古材っぽくするのも違う気がして“邪魔はしないけど違和感ないもの”を探して、キッチンはsu:ijiスイージーを選択したそう。「ぜんぜん違和感ないでしょ。」と、ガクさん。
“シンク下にゴミ箱を置きたい““食器洗い機がほしい“”加熱機器はガスがいい“、などのスペックに関しては、将来住む予定の息子さん夫婦の要望で決まった。
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ガクさんからは「室内の背景になるとき、蔵空間になじむようにしたかった。必要以上に主張しないところがいい。こだわりたい人には一からつくるけど、そこまではしなくてもいいか、でもつるつるぴかぴかはイヤだな、って考えたらほんとドンピシャだった。何度か使っていて細かい部分の仕様がいいなと感じるし、無垢扉のあたたかみ、既製品の安心感があるのはたしかですね。」と、建築家目線のご意見も。
キッチンをメインでみせるときは、自ら造作する事もあるそう。
食器棚は、蔵に放置されていた茶箪笥をリメイク。
天板もきれいに生まれ変わっていた。「こんなのもう買えないですからね。」
キッチンからの景色。奥には薪ストーブがある。
階段を上がって2階へ。
奥にみえる、木の腰壁は100%無垢。もともとKさん(お施主さん)がもっていた材料や、蔵からでてきたもの。当初はべニヤ板などでつくる予定だったが、どこからともなく木材が出てくるので、ガクさんがこのような使い方を提案したそう。「持っている板がなんの材種でどのくらいあるのか、調査するのがかなり大変だった」とガクさん、手塚さん。
手前にベッドを置けば、ヘッドボードになる。
窓際には机も。
いい木の材料がいっぱいあったので、リメイクさせて、ほとんど使い切ったそう。
丸みを帯びた天井と力強い牛梁。
天井には室内物干しのパイプがつけられ、家事もしやすい工夫が施されている。昔は物置きだった場所が、100年の時を経て、人が暮らしやすい空間へ生まれ変わっている。
壁には漆喰が使われ、やわらかい感じを出すために、天井と壁のつなぎ目がないよう丸みを持たせた塗り方をしていて、これが職人さん泣かせでもあったとか。
床は地場産材のカラマツ。「これがね、冬場ほんとあったかい」と、Kさん。
改装前の2階
2階は、ずらっと布団が置いてあったそう。
蔵の壁は24センチもの土壁でおおわれており、もともと断熱性はいい。改装により、通風も採光も考えた上で、さらに最新の断熱と設備が入っているので、快適なのも納得できる。
また、窓はあるがガラスは入っていないので通気抜け用と、反対側はくり抜いて新規で開閉できる窓がつけられた。「土嚢袋に土どのくらい運んだかな…」と、橋詰建設の手塚さん。蔵と、普通の戸建てリノベーションの工事とは「全然違う‼」のだそう。
蔵土壁の下地板壁の端材を説明してくださるKさん。
自らキレイに磨いてオイルを塗り、蔵の記憶として飾っている。
いただいた手づくり麦茶。
家の前の畑で育てている麦をフライパンに入れて焦がして、麦茶は手づくりしているそう。(おいしくいただきました。やわらかい麦の香り!)ちなみにこの麦茶が置かれているテーブルも古材のツガとセンでつくられている。国内のものは非常に珍しく貴重な素材。
Kさん夫妻と、柴犬の「コテツ」君。
若いころは機械設計をしていたというKさん。現在この蔵は趣味の部屋になっているが、夏と冬はここ、春とか秋の気候がいいときは母屋の1階、という風に、季節ごとに心地よい居場所を探して暮らしている。会社を辞めてから「こんなに違う世界があったのか」と、新しい毎日がすごく楽しいのだそう。
伊東豊雄先生も空間デザインアワードの審査時に称賛されていた、半戸外で開いている土間。
蔵に上がらなくても、息子さんたちと少し話して休んで、という風に「ちょっと距離感があって繋がるような場所にしたかった」と、設計したガクさんもここはお気に入りの場所。
畑にいたり、薪を割ったり、Kさんがそういう外の家事を中心として生活されている姿を見ていたので、ぴったりだなと思ったそう。
息子さんご夫婦が帰ってきたら、新しい暮らしがはじまり、この蔵がまた次の世代へと繋がっていくのですね。
(文:松岡)