木を使ってものづくりをしている人たちは、どんな木を、どんな風に選んでいるのだろう。「私が、この木を、えらぶ理由」のシリーズでは、木に携わるさまざまな職業の人へのインタビューをとおして、木が持ついろんな個性と多様性を見つめていきます。
つくることで森がきれいになり、ヒメホタルが増える。そんな未来が見えるような「ホタルスツール」
森にすむホタル「ヒメホタル」が生きるのに必要な、きれいな森をつくる家具があります。
その家具の名前は、ホタルスツール。
つくることで森がきれいになるスツールとは、どういうものなのでしょうか。
ヒノキは世代を超えて届けられたギフト
このスツールを作っているのは、岡山県西粟倉村を拠点にヒノキでものづくりをしているYOUBI(ようび)さん。
編集部は、西粟倉村の森とホタルスツールのつながりを探るため、YOUBIさんを訪ね、ようび建築設計室の大島奈緒子さん(以下、大島)にお話を伺いました。
なぜ、ヒノキを使ってものづくりをされているのでしょうか。
大島:YOUBI代表の大島正幸は、西粟倉村に移住する前、岐阜県高山市で家具づくりの技術を磨いていました。2009年、初めて西粟倉村に来たとき、彼は、自分が家具づくりに使っているナラの木がほとんどなく、見わたす限りヒノキやスギの森が広がっていることに驚きました。しかも、ヒノキやスギが余って困っていると訴える方がいたのです。
頭ではわかっていた、ナラがなくなってきている一方で余っている木があるということを、彼はこの時に初めて理解したと言っていました。
西粟倉村を見て理解されたのですね。
大島:はい。大島代表は、材料にしているナラの板幅が徐々に細くなってきていることや、産地が変わって木の色味が変わってきていることは感じていて、その変化に合わせて、材料をどう活かすかを日々考えていました。
大島:高山の森では、少し歩けばナラの木が見つかりましたから、国内にはナラがもうほとんどないことをイメージしにくかったのです。ヒノキやスギが余っていることも知っていましたが、建築材料であり家具材ではないと、どこか他人事のように思っていたと言います。
大島:大島代表は、高校生のころから林業を営むおじいさんと西粟倉村で初めてお会いして、林業の大変さを思い知りました。苦労して育てた木が、必要とされていないということは、彼にとってすごくショックで、自分は何のために家具作りの技術を磨いているのかと感じ、その日のうちに移住を決意します。それが、YOUBIのヒノキを使ったものづくりのはじまりです。
奈緒子さんご自身と西粟倉村との出会いは、どのようなものだったのでしょうか?
大島:私は、建築を学んでいた大学生のころから、木が使われないのが原因で森が荒れているという、日本の林業が抱える問題に関心を持っていました。地元の木を使ってほしい人も使いたい人もいるのだから、何かできることはないのだろうかと、もどかしく思っていましたね。建築のお仕事をするようになってから、その想いはさらに大きくなっていって、ずっと自分の活動について模索していたんです。そんな中で出会ったのが「百年の森林(もり)構想」を掲げる西粟倉村でした。
「百年の森林(もり)構想」とは?
大島:50年前に子どもや孫のことを思って木を植えたおじいちゃんやおばあちゃんの想いを受け取って、もう50年あきらめずに立派な百年の森林を育てていこうという、村をあげての取り組みです。当時「百年の森林」の姿になっているのは、ほんの小さなエリアでしたが、あと50年間頑張ったら、このきれいな森を増やせるということが、とても魅力的でした。
この森は、おじいちゃんたちがくれたギフトですから、きちんと受け取りたいと思うんです。
「やがて風景になるものづくり」を目指して
大島:「百年の森林(もり)」のようなきれいな森では、春にはミツマタの黄色い花が一面に咲き、夏にはヒメホタルが飛び交う風景が見られます。今、こんなに美しい風景が見られる西粟倉の森ですが、数百年前には製鉄のための燃料としてほとんど全ての木が使われて、一度は丸裸になっているようなんです。ですから、この景色は、木を植えてくれた方々と、その後手入れをし続けてきてくれた方々のおかげで存在しているのです。
大島:きれいな森を増やすには、間伐をして、地面に光が届くようにしてあげることが必要です。木を伐ることが、すべてマイナスに捉えられてしまうことがありますが、私は、間伐は地面にスポットライトを当てる作業だと思っています。今まで木の陰になっていた周りの木や草に光を届け、成長できるようにしてあげるのが間伐なんです。そして、間伐をちゃんとするために私たちができることは、ここの木を使うことです。
大島:YOUBIは「やがて風景になるものづくり」を理念に日々を重ねています。鉄を作る日々の営みによってこの森が丸裸になったのと一緒で、家具をつくることも森の風景を変え得ると思うんです。
もしかしたら今、この家具になった木の切り株でヒメホタルが光っているかも、明るくなった森林にミツマタの花が咲いたかも、足元に草花が生えて動物たちが喜んでいるかも、と考えると夢があると思いませんか?
今は、ヒノキを豊かに使うことを、皆が許された初めての時代
実際にヒノキで家具を作ってみてどうでしたか?
大島:作るまで予想していないことでしたが、ヒノキの家具は軽いということに気が付きました。ヒノキは、多くの家具に使用されているナラ(オーク)やウォールナットよりも、軽くて柔らかい種類の木です。だから、ヒノキを使うと自然と軽量化できるんです。素晴らしいですよね。
大島:空気が多く含まれているので、あたたかくて、やわらかい。ヒノキの椅子は、長時間座ってもお尻が痛くなりにくいです。それに、白い木肌は本当に美しくて、肌触りも良いですよ。
それならば、どうしてヒノキの家具が少ないのでしょうか?
大島:私たちは、文化の問題であると考えています。
イスなどの家具を日本人が一般的に使うようになったのは、比較的最近のことで、イスもイスを作る技術も、西欧から輸入されたものです。そこでは、オークやチーク、ブラックチェリーといった木を使っていましたから、日本でも同じような木で作るのは自然なことですね。ヒノキは日本と一部の地域にしかありませんから、海外の技術に日本の木を使ってみるということがなかったのだと思います。
大島:そして、もう一つ。日本では、歴史的に見れば、木目や木肌の美しいヒノキは最高級の木材でした。昔から主に寺社仏閣の材料として使われていて、一般庶民の使える材料ではなかったのです。木曾ヒノキの産地である木曾地域では「木一本、首一つ」という言葉が残っていることからも、どれほど大切にされてきたかが分かります。
ヒノキは、昔の日本人にとってはとても貴重な樹木だったのですね。
大島:はい。ヒノキをこんなに豊かに使える時代は、これまでなかったのです。そういう意味で、ヒノキの家具は、今の時代の家具だと言えると思っています。
この1脚が、ホタルのすむ森をつくる
そうして生まれた家具のひとつが、ホタルスツールなのですね。
大島:はい。ホタルスツールという名前には、ふたつの意味が込められています。ひとつは、部屋をポッと明るく灯してくれるホタルのような存在であってほしいという願いです。そして、もうひとつは、西粟倉村の森に生きる「ヒメホタル」。ヒメホタルが美しく輝く森を増やしたい、そんな想いを込めました。
大島:ホタルスツールをつくるために西粟倉村のヒノキを使うことで、村の森に光が差し、ヒメホタルが増える。そんな未来に共感してくださる方々のおかげで、クッションの色が増えていき、コラボレーションもたくさん生まれました。ホタルスツールは、一脚が旅立っていくごとに、森がきれいになっていることを感じられるスツールです。
YOUBIさんの活動は、日本のみならず世界でも共感の輪が広がっていきました。しかし、代表の大島さんが西粟倉に移住して7年目の冬、工房やショールーム、在庫など、すべてを火事で失ってしまいます。その損害の大きさは、もう立ち上がれないと思うほどだったそうです。それを何とか復興できたのは、多くの方が協力してくれたおかげだと、奈緒子さんは話します。
最後に、YOUBI復興のための「ツギテプロジェクト」について、お話を伺いました。
微力は無力じゃない
大島:「ツギテプロジェクト」は、のべ600人ものボランティアの方に協力していただいて、約5500本ものスギの柱を組んで建物を建てるという、気の遠くなるくらい大変なものでした。
5500本ですか。すごい数ですね。
大島:そうですね。それでもこの量は、小さめの山を一つ間伐できただろうか、というくらいです。おじいちゃんたちは、もっともっとたくさんの木を植えて、育ててきてくれていますから、このプロジェクトできれいにできた森は、ほんの一部に過ぎません。
それでも、私たちは、このプロジェクトを通して、微力は無力じゃないということをひしひしと感じました。
微力は無力じゃない。
大島:協力してくださったほとんどの方は、大工でも、職人でもない一般の方です。氷点下10度にもなる冬の寒い日も、夏の暑い日も、ひたすら木を削り、ビスをもむという作業をしてくださった方たちのおかげで、今のYOUBIがあります。技術があったからだけではなく、チームの力があったから、この建物を建てることができたのです。だから私たちは、少しずつであっても、何かを変えられると信じています。ヒノキの美しい木肌、手触りの良さ、軽さを、もっと多くの方に体感してもらい、日本中の森がきれいな姿に戻る事を、私たちは本気で夢見ています。
「家具職人」に聞いた「ヒノキ」の魅力
- 軽い材料なので、自然と軽量化できる
- やわらかく、あたたかい
- 美しい木肌が楽しめる
- 使うことで、日本の森がきれいになる
〈 取材協力 〉