各地に点在する、日本が誇る伝統文化。もう何百年も昔からあるのに、令和の現代に生きる私たちにとってもどこか懐かしく、慌ただしい日常に癒しや余白をくれたりするもの。今回は「文化を受け継ぐ場所」として、忘れたくない日本の古き良き文化「畳」をご紹介していきたいと思います。
福島県須賀川市、江戸元文年間・創業280年の「久保木畳店」。2023年4月に自社工場を改装リニューアルし、カフェと小物のショップが併設された畳の体験型複合施設「TATAMI VILLAGE(畳ビレッジ)」がオープンしています。
大手ゼネコンを退職し、2020年1月より、家業「久保木畳店」を継いで取締役となった久保木史朗(くぼきふみお)社長(以下、敬称略)。当時、現会長である父から、畳業界や家業の苦悩が綴られた手紙を受け取ったことをきっかけに、“畳屋に生まれた使命感”を改めて認識したそう。
畳を世界へ発信
畳の原料「い草」の産地は熊本県八代市へ。農家さんと一緒に田んぼで作業をすることで、畳業界の現状を把握することからスタート。厳選された素材、ホンモノだけがもつ癒し、リラックス効果、質の良い睡眠…畳の本当の良さは、自ら体験、体感することで得られるものが多くあったと言います。
しかしながら、「よくわからないから安いのでいいよ」と、世の中には下級品ばかりが出回っている現状も同時に目の当たりにし、消費者にとってなにが最善かを考えて提案するようになったという久保木さん。畳について、はじめはそもそもの良さがうまく伝えられずにいたそうですが、今では言語の壁をもとっぱらい、世界に向けて自信をもっておすすめできる術を身に着けているといいます。
現在は、多くの飲食店や企業、地域の取り組みなど「畳」を介して繋がり、新しく開拓した領域が既に存在しています。今後はこのご縁、さらなる海外展開を見据えた働きかけを日々行っています。
社長の底知れないバイタリティについては、SNSなどの発信を通じて知りました。
久保木:ありがとうございます(笑)自分の動きをインスタなどにアップしたら、ぜんぜん知らない人でもアドバイスやコメントをくれたりするんです。例えば海外で畳のPOPUPをしたとき、ディスプレイの仕方に指摘をもらったり、大判ポスターはここで印刷できるよ、とか。日々その積み重ねです。見てる側も楽しいかなって。
新しく事業をはじめる人にとっても、参考になることが多くありそうですね。
久保木:私は社長に就任する前、とりあえずニューヨークに行ったんです。東京で働いていた頃にお世話になっていた焼き鳥屋さんがあって、新しくNYにお店をオープンすると聞いたからなんですが。自分が家業を継いで、将来的に海外に羽ばたいている様子を自分の目に焼き付けたかったんです。
とりあえずNYですか。
久保木:海外って夢じゃないですか。日本でやると、畳屋さんの仕事を奪ってしまいますから。私は畳業界全体をよくしたいという想いがあるので、誰もやってない、自分にしかできないことをこれからもやっていきたいと思っています。
このカフェの店舗デザインは、そのNYのお店のデザイナーにお願いしました。いつか、工場の改装をやりたいと伝えていたんですが、それが今、実現した感じです。
カフェのオープン当初は、平日昼間、地元民の憩いの場となることを願って、メニューには珈琲のラインナップを考えていたそう。ところが客層を分析してみると“わざわざ“遠方から特別な場所として来てくださる人が多く、人気なのは抹茶だったことから、それが主力の定番へと変化したのだとか。
ここにたどり着くまでも相当な試行錯誤があり、その一つ一つに、久保木社長の多くの想いが詰まっています。
工場にカフェを併設するのは社長の案だったんですか?
久保木:このTATAMI VILLAGEを開業するまで、全国いろんな施設をみにいきました。畳然り、一見衰退する伝統産業という印象がありながらも、うまく現代に順応している事例がいっぱいあったんです。特に富山県の能作という鋳物の会社にはすごく影響を受けました。そこは工場を開放していて、体験もできました。
そのほか、北海道のSHIRO、愛知のバーミキュラなどなど、最近は商品を売るだけじゃなくて、レストランやショップが併設された「体験型」の施設が多くできていますよね。一度行くと、いろいろと教えてもらえるのでファンになりますね。父である会長含め、社員みんなで行って体験をしたので、これから変わっていくことへの理解が進むのも早かったようにおもいます。
もともとは、地元のひとをターゲットに考えていたんですね。
久保木:そうですね。今は、地元の観光施設みたいになっていて、客層は大人から子どもまで様々です。うちがやっているワークショップも、ただ畳をつくるのではなくて、畳の歴史や文化を継承するため、そんな話を織り交ぜながらやっています。ショールームだとなかなか入りにくかったりもしますよね。家に和室を持たない方でも、畳に触れる「体験」ができるところが必要だったんです。だからカフェをつくりました。
一般的な椅子と同じ高さの40cmでつくったという小上がりは、靴を履いたままちょっと休憩できるのがポイント。古き良き、縁側の良さも残しながら…。
ちゃぶ台を設置したところ、小上がりが人気に。「“子連れおすすめカフェ”、とかSNSであげてもらえることが多くて」と、店長の西藤さん。カフェには電源、Wi-Fiも完備されているそう。「パスワードなし、Wi-Fiはさくさくですよ」と久保木社長。
畳の間は落ち着きますし、いい香りがしますね。
久保木:和の空間でゴロゴロしたいっていうニーズがこれからもあればいいんですけど。ご存知の通り、建築コストは年々あがってきていますよね。昔は4部屋あったものが3部屋になって…一つ減るのはだいたい和室。子ども部屋でもフローリングのほうが使い勝手がいいと言われちゃいますね。
なるほど。本業ではいつもどのようなお仕事をされているんですか?
久保木:うちがやっているのは、すでに使っている畳をリフォームする仕事がほとんどです。「おもて替え」っていうんですけど、中身の芯の部分はそのまま使えるので、この表面の茣蓙(ござ)だけを変えるんです。
畳の断面は、普段みることがないので貴重ですね。
久保木:「畳」は大きく3つのパートに分かれていて
①畳表(たたみおもて)
②畳縁(たたみべり)
③畳床(たたみどこ)
です。畳床はだいたい30年程使えます。
畳表の寿命は、品質によって違うのですが、S、A、B、Cの4ランク。Cランクで5年、一番いいSランクで15年くらい使えますよって案内をしていますね。ポイントは耐久性と美しさ。触ってみてください、ぜんぜんちがうでしょ?
ぜんぜん違いますね。
久保木:Sランクの一番いいものは、1本1本丈夫でしっかりしたい草をつかっています。同じ田んぼの中でも、いいものだけを抽出して、本数も多めで…。
美しさに関しては、日焼けをする前は違いがわからないんですが、高ランクのものは均一な黄金色に、低ランクのものは枯れた草や、古い草、肥料が残ったままの草なども使用されていたりするので、時間が経つと「バーコード」のようにムラが出るんです。
5年耐久で1万円、15年もって2万円…そうやって案内すると、97%の方が良い方を選んでくださいますね。
もう街の畳屋さんの多くは廃業してしまっていて。Sランク「極み」を取り扱っているのは全国的にも数少ないんです。だから、あの(旧)渋沢栄一邸にも選ばれる機会にも恵まれました。(記事はこちらから)
普段、こんな風にがっつり接客もされているんですね。
久保木:当然です!今は銀座店の開店準備でバタバタしていますが…。そういえば、バスケットボール(Bリーグ)が今週開幕するんですが、福島ファイヤーボンズの観客席に置く“畳クッション”もつくりました。女性や子供が観戦しやすいように、座面の高さをあげることを目的に提供しています。
うちはこんなことやる会社じゃないんですけど、今度それについて“記者会見”をやるので、これ、ネットで作りました。1万円くらいでした(笑)(記者会見の様子はこちらから)
いいですね!
久保木:最初は、スポンサー契約の話をいただいたんですけど、アリーナの壁にただ「久保木畳店」って名前を掲載したところで、みんなよくわからないかなと。先方から、アリーナの席の高さ配置の都合で試合が見えにくいという声もあるというようなことをきいていたので、ただお金を出すよりも、お客さんにも使ってもらえて、快適な観戦ができるということで、このようなかたちをとりました。
これは視界も良く快適な観戦ができそうですね。
TATAMI工場の中へ
ショップ奥にある、ガラス張りでオープンな雰囲気が漂う畳の工場内へ案内していただきました。
いいにおいがしますね~。
久保木:畳の主原料である天然い草に含まれる「バニリン」というバニラアイスの成分です。海外に売り込みに行ってて気づいたんですが、海外に住んでいる日本人、アジア人からの需要が多いんです。この香りがどこか懐かしいんでしょうね。
久保木:今日はちょうどバスケのやつを追い込んでますね・・。ござに、この布を縫い付けています。
社長も作業したりするんですか?
久保木:あまり得意ではないです(笑)作業は8~9割がミシンや機械で。残りを手作業でやりますね。
久保木:私の個人的な意見ですが、製造業は閉鎖的なことが多いかなと思っていて。だから工場の外壁を白く塗ったんです。街に開かれた空間、場所にしたくて。もともとここはほんとに誰も来ない場所でした。すぐ近くに小学校があるので、たまに社会科見学で来てもらったりはしていたのですが。
最近はワークショップもされているんですよね。
久保木:そうです。うちはモノ(畳)を売るのではなくコト(快適な暮らし、その先に得られる体験)を売る。それがなんだか、すごい人気で。見学して、そのあと小さい畳をつくったりしていますね。今月は、地域の先生たちの研修会として2回使われるみたいです。老若男女、お年寄りも来ていただけて。公民館に出張ワークショップなんかもやっています。
お父様もまだ現場に出られるんですね!
久保木会長:そりゃもう、死ぬまでやんないとね(笑)今日は配達に行って集金に行って、納品もしてきました。
久保木:父が会長職で、私は現在社長ですが、専務として入社した時からだいたい全て任せてもらっていましたね。社員は基本的に家族や親戚、弟の友達だったりします。うちは代々昔から続いている技術があるというわけではなく、昔は他の事業をやっていたり、創業280年色んな商売をやらせていただいて今があります。こうして高ランクのものを扱い始めたのは、ここ2~3年ですね。
社長の代からいろいろ変わったんですね。
久保木:経営ノウハウは本を読んだり、あとはSNSから学ぶことも多いですね。社内では「成功事例に学ぼう」ってよく言っています。ある程度の計画はたてますが、日々トライ&エラーですね。
じわじわと認知されている実感はありますか?
久保木:最初にNYに行って、フランス行ってロスに行って…小さなスペースでPOPUPやイベントもひらいて…いろいろと行いました。でもなかなか大変で芽が出なくて。それでもやっているうちに「東京に店舗があれば」「畳コースターが欲しい」などの問い合わせを受けるようになってきたので。今度は銀座で約4坪のお店「久保木畳東京」をオープンします。(記事はこちらから)
銀座、東京進出ですね。
久保木:インバウンド(訪日外国人旅行)を狙って、国内のラグジュアリーホテルでも畳をやりたいんです。外資系のホテルも「ジャパニーズスイートルーム」とか「畳ルーム」とか和室ができてきているんですよ。外国人からしても、せっかく日本に来たら、そういうところに泊まりたいんじゃないかな。
日本の文化に触れてもらいたいですね。
久保木:建材としての畳って、実は最高級ランクのものはあまり出回っていないんですよ。畳屋さんもうまく説明ができていないし、消費者も知らないだけなんです。銀座では、高級ホテル用にホンモノを案内して、触れると全然違うことを体感してほしいとおもいました。
同じ自然素材である「木」も、ホンモノの良さが伝えきれていないことがあるので、すごくわかります。
久保木:確かにフローリングのことを言われても、無垢?単板?厚み?難しいですね。高くても、知らないだけで良い物ならほしいっていう人は必ずいますよね。
そう思います。
久保木:別に世にニーズがなければ、自然淘汰も仕方ないとおもったし、すごく悩んだんですけど。でも人々に価値を提供できるものだと自信をもっているので、伝統を守ろうとか、今やそういう感じでやっているわけではないですね。
乙な駅たまかわ
TATAMIVILLAGEから車で約10分、まだオープンして間もないという複合型水辺施設「乙な駅たまかわ」にも案内していただきました。
阿武隈川沿いで、東日本大震災以降ずっと使われずに空き店舗となっていたそうですが、建築家、隈研吾氏が設計を手がけ、新しく生まれ変わった場所だそう。
クラフトビール製造工場やカフェ、レストラン、観光案内所など、各種イベントの開催地としても活用。福島の交流人口、関係人口の拡大を期待されています。
オープンから数日だったこともあり、ショップ、カフェは平日昼間にもかかわらず、多くの人で賑わっていました。
ベンチもカウンターも、木の空間に馴染んでいて素敵です。
久保木:隈研吾さんにも「畳は魅力的な建材だね」と言っていただきました。これらは隈さんにデザインしていただいて、特注制作したものです。
座り心地もよさそうですね。
久保木:隈研吾事務所の担当の人が、TATAMI VILLAGEに見学に来てくれたことをきっかけにご注文をいただきました。今までこんな使いかたをしたことはなかったです。でも地元の人に畳に触れてもらえるので、めちゃくちゃうれしいですね。
いろんなお仕事を受けていらっしゃるんですね。
久保木:量産するのも大事だけど、こういうものが1つ2つあるだけでも、私も従業員もみんな喜んでいます。まずは小さい模型をつくって、技術検証をして…。これと同じものがまた売れるとは思っていないんですけど、世に出すことで知ってもらえるほうが有難いですよね。
日々お忙しいと思いますが、これからやってみたいことはありますか?
久保木:年内は、銀座店に集中したいですね。海外からメールがきて、「東京に店舗ないんですか?」というお客さんにすぐ対応していきたいです。
来年は、“世界ローラー作戦”をしようと思ってます、ひとりで。1月からパリ~イタリア~スペイン~ドイツ~南アフリカとかを周って。畳のサンプルセットを衣装ケースに詰め込んで、それを雑貨店などに置いてもらって。説明員がいなくてもわかるような資料やカタログも一緒に入れておいて…。構想としては、世界の各都市に畳の取り扱い提携店をつくることですね。
営業守備範囲が世界ということなんですね。
久保木:今まで、海外でテストマーケティングをやってもらったこともあるんですが、結果は得られるもののそれっきりになってしまうんです。でも自分で行くと学びがあったりSNSとかで拡散されたり、いろいろ新しい話が続いていくんですよね。
自分の足で開拓していくんですね。
久保木:お茶、お花、柔道…多くの日本の文化も畳の上で発展してきましたからね。
たしかに…!今日はありがとうございました!
プロに聞く、「畳」の魅力
・厳選された素材、ホンモノだけがもつ癒し、リラックス効果がある
・インバウンドにも人気の畳の間
・文化の発展は無限大
(文:松岡)