自然を感じる暮らしって、ローカルな場所でなければできないのでしょうか?日本の伝統って、いまの私たちの暮らしとは縁の遠い話なのでしょうか?きっと、そんなことはありません。「自然が、自然に、とけこむ日々」のシリーズでは、もっと自由に、いまのスタイルにあわせて、日本の風習や、既設の情緒を楽しむかたちを探っていきます。
暮らしにまつわる素材には、もともと自然原料から生まれたものがたくさんあります。綿花のコットンに、い草を編み上げた畳。鉱石から成る鉄器の数々に、杉の柱や桐箪笥、そして土を焼いた食器たち。
昭和レトロへの憧れや、サステナブルな暮らしへの関心の高まりを背景に、かつて人々の日常を彩ってきた自然素材たちへの回帰がみられるようになってきました。
今や化学素材の材料によって安価に・手軽に代用できるようになった化学樹脂製品と異なり、素材そのものの個性をたずさえる自然原料たち。
今回はそのなかのひとつ「タイル」に触れてみます。
岐阜県多治見市「多治見市モザイクタイルミュージアム」学芸員の服部さん、館長代理の岩井さん(以下、ミュージアム)にお話をお伺いしました。
未来に遺すべきタイルたちを集めて、ミュージアムに。
このモザイクタイルミュージアムを作ることになったきっかけは何ですか?
ミュージアム:古い建物が取り壊しになったら、そこにあるタイルもそのまま捨てられるということに危機感をいだいた人たちがいました。タイル産業の最盛期から過ぎた頃、その方たちが有志で活動をはじめられたのがきっかけです。
資料として遺せるものがなにもなくなってしまうので、主にこの地域で作られたタイルを集めはじめました。それが次第に全国的に広がって、取り壊される銭湯の壁面タイルなども収集して…。
ミュージアムのためではなく、集まったタイルたちを展示しよう、という流れだったんですね。
ミュージアム:そうですね。実はこのミュージアム設立以前には「モザイク浪漫館」という施設がありました。かつてはそこに、全国から集めてきた古いタイルの製品を保管、展示していました。それに携わった人たちの間で、「タイルの魅力を発信できる場所」「地域の歴史を残し、伝える場、地域と産業とつなぐ場」があるといいよねという話になったんです。
こちらができると、話題になりましたよね。来館されるお客さんの反応はいかがですか?
ミュージアム:タイルに対して「かわいい」という声をたくさんいただきます。
そもそもモザイクタイルがお風呂や洗い場などに使われるようになった理由としては衛生面、機能面だったんですが、私個人としてはモザイクタイルの一番いいところは「装飾面」だと思っています。同じ形のタイルでも色や質感、組み合わせによって印象がだいぶ変わるところも魅力です。
昭和の前半とかに作られていたものがかわいいと言われることが多いですね。
なるほど。レトロブームでしょうか?
ミュージアム:それもあるとは思うんですけど、古い昭和のタイルは色や形が不揃いに焼きあがっちゃうこともありました。その不揃いさが、手づくり感があって愛着が持てるね、と言われたりもします。
岐阜県多治見市といえば、最近だと「日本一暑い町(のひとつ)」とかで有名になっていますが、タイルの町としても有名なのですか?
ミュージアム:もともとはタイルというか、陶磁器ですね。この地域では美濃焼(みのやき)という焼き物が1300年くらい前から作られています。さらに古い「器」というと、縄文や弥生時代に作られていたような土器になってきます。
「土器」と「陶磁器」の違いとは…?
ミュージアム:簡単にいうと、陶磁器は「もう後戻りできない粘土」です。本来、粘土というのは乾燥すればカチカチに、雨が降ればドロドロに、適度な水が含まれると「粘土」になるという、水分量次第で状態が循環する自然界の物質なんですね。
ところが粘土に「焼く」という行為をすることで、それ以降はどんなに水がついても状態が変わらない、二度と戻らない物質に変化します。高温で焼くと、ひとまわりカサがぎゅっと減って「焼き締まる」という状態になります。
私たちが日常的に使っている食器などは、だいたい1200~1300℃あたりで作られているんですよ。
なるほど、その陶磁器「美濃焼」が、このあたり一帯で長く作られてきているんですね。
ミュージアム:はい。焼き物を作るノウハウが培われてきたことと、あとは良質な粘土に恵まれた地質で、焼き物用の土を掘りだす彩採土場があったからでしょう。
陶磁器のなかでもタイルづくりが盛んになった背景はあるのでしょうか?
ミュージアム:いまの日本で使われているタイルの祖先にあたる、敷瓦(しきがわら)が 朝鮮から伝わったのが始まりと言われています。
さらに時代が進むと、海外から転写などの技術が取り入れられ、お隣の愛知県瀬戸市では染め付けの洋風デザインの本業敷瓦(江戸時代後期に作られはじめた磁器質の敷瓦に対して、従来から作られていた陶器質の敷瓦のことを示す)が盛んに作られるようになりました。
また、ヨーロッパのほうからマジョリカタイルという装飾性に富んだタイルも日本に伝わってきたりしました。それらを見本にこの地域を含む各地で作られるようになって、タイル作りがさらに盛んになってきました。
愛知県瀬戸市というと「瀬戸物」で有名ですよね。タイルよりも、お皿とか壺とか、いわゆる「器」のイメージが強い印象があります。
ミュージアム:そうですね、美濃焼のほうも、もちろん食器が多いです。しかしこのミュージアムのある多治見市笠原地区は、現在は全国のタイルの70~80%を生産しています。
モザイクタイル(50㎠以下のタイル)になると、全国の約90%は笠原で作っていますので、この地域に限っては食器よりもタイルのイメージが先行しやすいかもしれません。
この笠原地区でほぼ独占状態なんですね!
ミュージアム:この地区出身の、山内逸三さんというかたの功績が大きいと言われています。釉薬(ゆうやく※)をかけた磁器質(施釉磁器)モザイクタイルを大量生産する方法を編み出して広めた人で、このかたのおかげで、多治見は今でもタイルの生産量日本一をキープし続けています。
※釉薬とは 陶磁器を作る際に、表面にかける薬品。焼き上げることでガラス質となり、液体の浸透を防ぐ働きをする。
また、さまざまな色合いや質感の表現を生み出すこともできる。
土のぬくもりを味わいつくす、展示や仕掛け。
さてさて、4階の常設展示へ。エレベーターもありますが、階段利用がおすすめです。
ミュージアム:よく見ると上にいくにつれて、だんだん幅が狭くなっていっています。天井のうねりとあわせて、まるで登り窯のように見えると言われます。
階段を使ったひとにしか見られない作品「足(そく)」
ミュージアム:展示空間は粘土をこねるといった陶芸作品の制作過程をイメージして、手あとをわざと付ける表現をしています。自然光が入って、時間帯で見えかたが変化します。夕方にはちょっとぼやっとして怖い雰囲気にもなるんですよ。
4階の常設展示には、モザイク浪漫館時代から収集されてきたユニークなタイル製品などが並びます。
空に舞う「タイル・カーテン 」
ミュージアム:ここは半分屋外なので雨ざらしにもなる場所ですが、天候や時間、角度によって見えかたが変わるという面白さもあります。雨の日もおすすめですよ。
よくみると、足元も壁も、全部タイル。見あげると清々しい空。雨ざらし・吹きっさらしでも楽しめる常設展示というのも、水に強いタイルならではの見せかたです。
時間を忘れて、ついつい長居してしまいそうです。
つづいて同地区で、このミュージアムとも縁の深い窯元(株)オザワモザイクワークスさんにお邪魔。
今回は特別に、窯のある工場で、タイルが出来上がる工程をご紹介いただきました。
焼き物は”生きもの” -モザイクタイルが出来るまで-
真冬でも、窯のおかげでほんのりとあたたかい場内。
モザイクタイルはどんなふうに生まれてくるのでしょうか?
モザイクタイルができるまでの道のりは…。
1.プレス(圧縮)成型
2.施釉(せゆう)、サヤ詰
3.焼成
4.選別
5.貼加工 →完成!
小澤社長ご夫妻(以下、小澤)に、詳しくお話をお伺いしました。
1.プレス(圧縮)成型
小澤:まず、さらさらのパウダー状(水分6%程度)の粘土を300tプレスで成型するところから始まります。これが「生生地(なまきじ)」といって、プレスしたての時は、落雁ぐらいの硬さなんです。
2.施釉(せゆう)
小澤:これに釉薬をかけていきます。この段階では泥っぽいくすんだ色ですが、焼くとツヤツヤの深い色に変化します。高温でぎゅっと焼きしめると、カチカチのタイルになります。
焼いてみないと完成形がわからないんですね。
小澤:そうなんです。釉薬屋さんに調合してもらい、何回も窯に入れてねらいの色に合わせます。
施釉したタイルは「鞘(さや)」という台に乗せて重ねます。何段にもなっているので上と下で温度は違うし、その日の気候や季節によって、多少色が変わるんです。
最近は、タイルの色のバラつきを「面白い」と言ってくださる人も増えていますけどね。
3.焼成
小澤:トンネルの真ん中(焼成体)が1250℃の高温になっていて、入口から16時間かけて出口まで通過します。火止めすると、炉内温度が安定するまでに2~3日かかるので、窯の火は24時間連続焼成しています。
この地域は同じように、昔からのトンネル窯で焼いているメーカーが多いですね。
4.選別
小澤:焼きあがったものを、いいものと悪いものに選別していきます。焼成後のズレやカケが多少は出てくるので。
よけたものは、再生原料を扱う会社に引き取ってもらい、粉砕して再びタイルの原料として生まれ変わります。
5.貼加工をして完成
小澤:最後に、タイルを「貼り板」というものに並べてシートに貼れば、商品として完成です。
貼り板は何種類ぐらいあるんですか?
小澤:えー、何種類だろう!?例えば同じ細長いタイルからでも、「ボックス貼り」「簾貼り」「レンガ貼り」「ヘリンボーン貼り」と、本当にさまざまなパターンがあるので…何種類かと聞かれると困ってしまいますね(笑)
焼きあがったタイルは同じでも、どの貼り板に入れるか次第で雰囲気が大きく変わるんですね。
小澤:そうですね。昔から使っているのは木製の貼り板が多いんですけど、今はこれを作れる職人さんも減っていて、最近は樹脂製の板が増えています。でも、重いので、はめ込んだタイルが抜けにくかったりして、やはり貼り作業には木製の板が一番使いやすいと言われていますね。
「MADE IN JAPAN」
シートに書いてある刻印、素敵ですね~。
小澤:ありがとうございます。海外にもお出ししているので、シートには昔からいれています。輸出先としてはアメリカ、シンガポール、オーストラリアなどが多いですね。
暮らしに寄り添うタイル
オザワモザイクワークスさんは、かつて日本の住宅を華やかに彩った「タイル」という昔からの産業に根ざしつつも、今なおこの良さをもっと多くの人に知ってもらいたいと考えています。
創業から今に至るまでのルーツをお聞かせください。
小澤:1969年に創業して、タイルの製造としては二代目です。バブル期に、マンションの「外壁」に使われるようになった頃、業界全体での需要が飛躍的に伸びて、タイル工場も一気に増えました。以前タイルというものは、公共施設で外壁には使われていたけど、住宅としては内装のみだったんです。
そして今はマンションや公共物件が建つとしても、外壁にはガラスが使われていますよね。
たしかにそうですね。それでも、外壁タイルではなく、ずーっと内装タイルに特化してこられたんですね。
小澤:バブル期のマンション需要を受けて、内装タイルから外装タイルの生産設備にまるっと変えた企業がたくさんいましたよ。実は私たちはそれに良くも悪くも乗り切らなかったんです(笑)。でも、時代が変わって外装タイルの需要が急激に落ち込んだ結果を考えると、内装タイルを信じてここまで続けてきたことが功を奏したと言えるかもしれません。
うちは「多品種・小ロット生産」という体制をとっているんですが、世の中がだんだんそういう流れになってきているのも、良かったかなと。
モザイクタイルミュージアムで、世の中に出回っている丸いモザイクタイルの大半はオザワモザイクワークス製じゃないかって伺いました。
小澤:ありがとうございます(笑)。丸いタイルは昔から作らせていただいています。なかでも「27丸」というタイプのタイルは、「オザワの丸」という名前で、先代から作ってきています。
すごい!歴史あるタイルなんですね。
新しいタイルのブランド「Roche(ロシェ)」についても教えてください。
小澤:これまでのタイルメーカーは基本的にBtoBで、取引先さんが欲しいというものに対して忠実にお答えする、黒子のような役割でした。けれどこれからはもっと一般のかたを意識して、自分たちらしいタイルを作っていきたいという想いから、生まれました。
「Roche」のタイルは全体的に彩度が抑えられてしっとりしていますね。
小澤:タイル屋ってどうしても、「自分たちのタイルを見てほしい!」ってなるんですけど、本来タイルは単体では成立しない素材です。インテリアとかおうちの中とか、空間に馴染んで初めて生きてくるものなんですね。タイルが主役ということではなく、毎日の暮らしがさらに彩られて心地よくなるように、を意識しています。
Rocheを立ち上げるきっかけはあったのでしょうか?
小澤:モザイクタイルミュージアムの誕生、これに尽きます。ミュージアムが出来たことで、初めて私たちも、一般のお客さまの声を聞くことができるようになりました。「タイルってかわいい」とか「キレイ」とかを直接聞けるようになって、すごく新鮮で嬉しかったんです。
何年も使ったその先に、美しさを纏う素材であること。
タイルってじつは町、暮らしのなかにたくさん使われているのに、意識していないから目につかない、気付かない存在なのかもしれませんね。あとはよく似た樹脂製品もありますよね。
小澤:そこの意識は変わるといいなって思いますね。ひとつひとつの中に濃い薄いがでているところに、焼き物としての良さが滲み出ていると思います。壁に貼った時にもぺったりした感じではなく、陰影があって、焼き物のあたたかみが伝わるんです。あとは、手触り。皆さんタイルを見ると必ず触ってみえるんですよね「気持ちいい」って。
1つずつ手作りしているもの、物語があるものってロマンがありますよね。私たちもモザイクタイルの良さに惹かれて、それを用いた洗面台を作っていますが、タイルは「汚れそう」「お手入れが大変そう」と言われることも多くて…
小澤:そうですよね、デメリットから入ってしまわれること多いですね。焼き物はお手入れも簡単ですし、かえって樹脂などの化学製品のほうが変色もありますよね。けれどどうしても「買う瞬間」のものを見て判断して、時間がたった先にどうなるかをイメージするのは難しいのかなっていうのは感じます。
何十年も使った先のタイルのある現場に行くことはありますか?
小澤:ありますよ。タイルだけが色も変わらず鮮やかに残っていて、その周りのコンクリートは朽ちていたりとかを目の当たりにすると、ああやっぱりいいなぁと思いますね。タイルでも木でも、本物の素材というのはお手入れ次第で本当にいい風合いになっていくんですよね。
小澤:「Roche」の立ち上げ当初、最初は何もかもが手探りで試行錯誤でしたが、社内の意識もすごく変わりました。かつては言われたものを言われたように作ればいいだけだったのが、自分たちらしさというものを真剣に考えて、一般のかたにもっと知ってもらいたいという意識が芽生えましたね。
地元の作家さんと協力してアクセサリーとかの小物を作ったり、ワークショップを開いたり、各地のイベントに参加したりとか。なかなかわかりやすい成果にはつながらなくて難しさも感じますが、続けていくこと・つなげていくことが大事かなと思っています。
「Roche(ロシェ)」はこちらから
土から生まれたタイルに、土に根をはり何十年、何百年という歳月をかけて育つ樹木。もしかしたら私たちが生まれた時よりもはるかに古い時代の地球を見届けてきた素材たちと一緒に、これからの家族の暮らしを紡いでいくことも、”自然に寄りそう豊かな暮らし”と言えるのかもしれませんね。
おまけ。笠原地区のゴミステーション
地域内に10ヶ所以上あるゴミステーション。モザイクタイルで出来ています。場所ごとにデザインが異なるので、アート散策気分で巡ってみるのも気持ちよさそうです。