緑のなかで過ごすと、リラックスできたり、元気がでたり、食べ物がおいしく感じたり。そんな力をもつ緑の空間は、あなたの家の近くにもきっとあるはずです。「緑を感じる場所」のシリーズでは、緑を感じられるスポットやイベントをご紹介していきたいと思います。
森の中の美術館
美術館があるのは、広島県北西部の西中国山地、原生林の残る山の中腹です。ここは、もともと近隣の山で林業を営んでいたウッドワンの原点ともいえる場所。
そんな場所に、ウッドワン美術館はふりそそぐような緑に囲まれて建っています。
今回は今年で開館25周年を迎える美術館におじゃまして、学芸員の松浦さん(以下:松浦)に、ウッドワン美術館の魅力や、これからの展覧会などについてお話をうかがいました。
ウッドワン美術館では、どのような展示をされているのですか?
松浦:当館では、近代(明治の開国~戦後)の、日本画、洋画の収蔵がメインとなっています。横山大観、上村松園、岸田劉生などなど、日本を代表する作家たちの作品を収蔵しています。
松浦: 当館のオリジナルキャラクター「麗子ちゃん」は、収蔵品である岸田劉生の「麗子像」をモデルにしています。「麗子像」は、美術の教科書などでご覧になったことのある方も多いかもしれませんね。大正期を代表する洋画家・岸田劉生は、娘である麗子が幼いころから16歳になるまで、繰り返し肖像画を描いています。この絵は、麗子が数えで7歳になる時に描かれた絵で、愛情を込めて子供の成長を描いている様子が伝わります。
ところで、館内はかなり照明が落としてあると感じるのですが、これはなぜですか?
松浦:美術館の展示では、元々作品を傷めないために照明の明るさが決められているのですが、当館の絵画用の照明は、作品にだけ光が当たるスポット照明を多く採用しています。スポット照明にすることで作品がより引き立って見えるという効果もあります。
全体の照明が落としてあることで、周囲が気にならず、より作品に入り込めるように感じます。
絵と額縁の深い関係
絵の額縁も色々なタイプがあるようなのですが、これはどのように選ばれるのでしょうか?
松浦:額縁は、作品の一部としてとても重要な役割を担っています。作家さんによっては自分で選んだり、作られたりする方もいます。通常だと、画商さんがその絵に合うものをあつらえることが多いですね。
絵と額縁を組み合わせる時のポイントはありますか?
松浦:例えばこちらの其阿弥赫土の《さくらんぼ》は、ほっそりとした木の額縁で仕上げています。水彩画や鉛筆、木炭などのデッサンは見た目がシンプルで、作品自体の重量も無いため、細い額縁が似合います。
絵の繊細な雰囲気にぴったりです!
松浦:一方で装飾性の高い額、通称「デコ額」は、近代の洋画に多く見られます。油絵具を使う油彩画などは、顔料やキャンバスなどのマチエールが立体的で重量があるため、太い額縁や、額の表面に装飾を施したものもマッチします。お家でアートを飾る際には、色や素材を意識して、絵がいきいきと喜んで見えるフレームやマットを選んでみてください。
額縁も、作品の表現の一部なんですね。
現代アートの楽しみ
松浦:収蔵品は年に3~4回の入れ替えを行って展示していますが、それだけではなく、定期的に企画展も行っています。最近では現代アートをご紹介することも多くなりました。2020年には現代アーティストの小松美羽さんの展覧会を行い、普段は静かなこの地域に1万5千人ものお客様にお越しいただきました。
松浦:2021年には、7月から大村雪乃さんの作品をご紹介する企画展を予定しています。大村さんの作品は、なんと文房具の丸シールを使って作られているんですよ。一枚ずつ、ピンセットで貼り付けて作成されているそうです。
この絵が、丸シールでできているんですか!?近づいてみないと、予想もできないですね。
松浦:大村雪乃さんは、元々油彩画を描かれていました。そこで身に付けた色彩感覚や造形感覚を研ぎ澄ませ、丸シールという身近な素材で誰もが楽しめる表現を追求しています。その作品は、写真や絵画と見紛うような高い再現性を持ちつつも、生々しい手作業の痕跡や素材の物質感が残っています。美しさの中に違和感やギャップをはらんだ表現で、観る者の視覚を刺激します。
丸シールに対する価値観が変わりそうです…
松浦:展示期間中に、丸シールで作品を作るワークショップを実施予定です。また、ご自宅で楽しんでいただけるように丸シールで制作するアートキットも販売する予定です。お子さんでも楽しめると思いますので、ぜひトライしてみてくださいね。
丸シールを貼るだけなら、気軽に楽しめそうですね!
子どもたちとアートをつなぐ場所
ワークショップは、どのようなタイミングで開催されるのですか?
松浦:新型コロナの影響で、昨年から思うように実施できていないのですが、通常は、展覧会の内容にあわせて、親子で参加できる作品鑑賞会やワークショップを実施しています。大学の先生(ご自身も作品の制作をされるアーティスト)を講師にお招きして、お子さんでも参加できるものを企画しています。
子連れの美術館は何となくハードルが高そうですが、ワークショップなどがあると行きやすいですね。
松浦:そうですね。美術ファンの方たちは割と上の年代の方が多いので、若い世代の方や子どもたちにも、アートの魅力を身近に感じてもらえるように工夫しています。実は当館の展示は、子どもやお年を召された方が見やすいように、展示する時の視点の位置を少し低めに設定しているんですよ。
松浦:その他には、毎年近隣の吉和小中学校の生徒たちの模写の授業の受け入れをしています。もう10年ほど続けているので、子どもたちも恒例行事という感じでやって来ます。
本物の作品を見ながら模写するなんて、素敵な授業ですね!
松浦:中には、絵が得意でない子も一定数いるとは思うのですが、見ていても分からないくらい、みんなとても集中して取り組んでいますね。最初に私たちの説明で一通り絵を見て回ってから、それぞれ自分が模写する作品を選ぶのですが、意外と日本画の方が人気があるんですよ。
松浦:でき上がった作品を見ると、子どもたちの感性にいつも驚かされます。この模写の授業のことを覚えていて、大きくなってから美術館に遊びに来てくれる子もいて、とても嬉しく感じています。
お家で楽しむアート
コロナ禍でお家にいる時間が増えたことで、アートへの関心も高まっていると感じます。
松浦:アートの意味って広くて、小さい頃に楽しんだ絵本や、よく聞いた音楽、好きな映画、そういうものも含めてアートだと考えています。気分転換したり、参っている時にパワーをもらったり…これまでそういうものに助けられてきた経験から、私はアートは「心の栄養」だと思っています。今の時代に関心が高まるのも、分かる気がしますね。
お家でアートを楽しむために、何かアドバイスをいただけますか?
松浦:今は、インターネットで気軽に作品を購入したり、一定期間借りられるようなサービスもあるので、色々と試してみるのも良いかもしれません。掛け替えができるのが絵の良さでもあるので、美術館で気に入った絵があれば複製画などを購入してみたりして、自分の好みとインテリアに合うものを探すのも楽しいですね。自分で作った作品や、子どもの描いた絵などを飾る、というのもとても素敵な楽しみ方だと思います。
最後に、ウッドワン美術館の魅力について教えていただけますか?
松浦:まず、良い作品がたくさんあることですね。大きな美術館ではありませんが、東西の画家の代表作や、美術史的に見て優れた作品がたくさんあります。そして、お客様との距離がとても近いこと。気軽に声をかけてもらえるので、展示室に説明しに出ていくこともよくあります。
松浦:優れたアート作品は、時代や国境を越えて多くの人にメッセージを伝えることができます。学芸員は作り手と受け手の橋渡し役として、作り手の意図やメッセージを受け手に伝える役割を担っています。美術館の展示は「敷居が高い」「難しい、分からない」と言われてしまうこともあるので、作品の価値を伝えるために、作品が生まれた背景や作家が生きた時代の出来事を伝えたり、敷居を少しでも低くするなど工夫をしながら、美術館がお客さんと作品をつなぐ場になれたらとても嬉しく思います。
「西の軽井沢」と称されることもある吉和の、美しい自然に囲まれたウッドワン美術館は、季節ごとの風景も魅力のひとつとなっています。宿泊施設や温泉、カフェも併設されているので、一日のんびりとアートと自然を楽しむことができます。これからの季節にぜひ訪れてみてください。
<取材協力>
ウッドワン美術館