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2020.06.24

私が、この木を、えらぶ理由 #06

暮らしをいろどる、木の器

木を使ってものづくりをしている人たちは、どんな木を、どんな風に選んでいるのだろう。「私が、この木を、えらぶ理由」のシリーズでは、木に携わるさまざまな職業の人へのインタビューをとおして、木が持ついろんな個性と多様性を見つめていきます。

 

手掘りの陰影が美しい木の器や、木で作られているとは思えないほど繊細なカトラリー。毎日の暮らしの中で、なんとなくいつも手に取ってしまうような使いやすい木の食器たち。今回は、この食器の生みの親である、木工作家の湯浅ロベルト淳さん(以下:湯浅)にお話を伺いました。

湯浅さんの作る食器は全て、静岡県浜松市の山の中にある工房で、手作業で製作されています。

湯浅ロベルト淳
光のたくさん入る、明るい工房。傍に大きな欅の木があって、夏は木陰を作ってくれる。

最高級の料理に似合う木のスプーン

湯浅さんの作品の中で一番の人気は、漆を塗った山桜のスプーンです。持ってみるととても軽く、繊細な作りに驚かされます。

湯浅ロベルト淳
手前が堀りはじめ。奥の2本が完成品。

「木のスプーン」というと、もっと素朴なものを想像していました。

湯浅:このスプーンが今の形になったのは、あるレストランに採用されたことがきっかけでした。

この木のスプーンは、2018年6月に東京にオープンした、INUA(イヌア)というレストランのカトラリーに採用されました。イヌアは、「世界一予約が取れないレストラン」として知られる、世界的に有名なデンマークの高級レストランNOMA(ノーマ)の姉妹店です。2019年の秋に放映されていたドラマ『グランメゾン★東京』では、ドラマに登場する料理の監修をした名店でもあります。

どのようなきっかけで、採用が決まったのですか?

湯浅:私のインスタグラムを見たデンマークの担当の方から、メッセージが来ました。「今は内容は話せないけど、まず契約書にサインして……」なんて書いてあるので、最初は、冗談かいたずらかなと思ってしまいました(笑)。

湯浅ロベルト淳

インスタグラムがきっかけなんて、現代的ですね!

湯浅:イヌアでは、料理はもちろんその場の全てにこだわり、厳選されたものが使われています。スプーンだと、口に入れた時の口当たりはもちろん、温度、お皿に触れた時の音まで、全てに気を配っています。

確かに、木のスプーンと金属のスプーンでは温度や音が違いますね!

湯浅:特に、カトラリーは唯一口の中に入る食器ですから、口当たりには一番気を使います。僕の作るスプーンは、元々もう少し厚みがあったのですが、シェフの「もっと薄く」という要望に応えて、どんどん薄くしていきました。一緒に採用されたフォークも先端部分をギリギリまで細くしたため、この部分の強度を出すために、カトラリーには漆の塗装が必須になりました。漆を塗ると、口当たりもつるんとして、とても滑らかになるんです。

湯浅:こうして、結果的にとても使いやすいスプーンになりました。今、僕の作っているものの中で一番人気があるというのは、この使いやすさのためだと思います。

使い手の高度な要求に応えて、完成した形なのですね。

湯浅:『グランメゾン★東京』のドラマの中で、自分が作ったものが俳優さんたちに使われているのを見た時は、不思議な感じがしました。

湯浅ロベルト淳
フォークの先端部分も、細く細く手作業で削り出されていく。

木工作家への道のり

湯浅さんは元々ブラジルで日本人の両親の元に生まれました。1990年に10代で単身日本に渡り、以来日本で働いていましたが、2008年にリーマンショックの影響で1年間の自宅待機に。この時間を生かそうと、それまで興味のあったものづくりを始めました。

最初から食器を作られたのですか?

湯浅:いいえ、最初は流木を使った作品を作っていました。海に行って、トラックの荷台にいっぱい流木を拾って帰って。スチームパンクというスタイルの、オブジェや時計、椅子などを作っていたんです。だから、最初に作って売っていたのは、そういう作品でした。

湯浅ロベルト淳
木工を始めた当時制作していた流木のオブジェ

これも、素敵ですね!

湯浅: ただ、流木はとても扱いにくいんですよね。海で拾ってくるから中に砂が入っていて、機械を使うと錆びたり、刃が傷んだりしてしまう。同じものは、二度と作れない。形がバラバラなので、梱包も難しい。木の形から何かを思いつく時もあれば、「こういう形のものが使いたい」と材料の山の中をずっと探したり……とにかく考えている時間がものすごく長い。もう、すべてが効率の逆をいく(笑)。

一点もののアート作品のようですね。

湯浅:そう、作るのはとても面白いのですが、これで生活していくのはちょっと難しいなと思いました。それで、少しずつ生活に使う小物たちを作るようになっていったんです。もともと、家具職人へのあこがれがあったので、無垢の木を使って何かを作りたかったんですよね。でも、木工を教えてくれる人はいなかったので、今に至るまで全て独学でやってきました。なんでも自分でやってみたいというタイプなので、たくさん失敗もしながら、今のやり方を見つけてきました。

今でも時間があれば流木の作品も作りたいけれど、注文が数ヵ月待ちとなっているため、そんな時間が無くなってしまったとか。それでも、丁寧な手作業で作られた湯浅さんの作品には、見て楽しめるオブジェの要素も詰まっています。

湯浅ロベルト淳
小さな家の乗った、バターケース。

木の個性と向き合う

食器の材料に使う木は、どのように選んでいるのですか?

湯浅:食器ということでいうと、匂いには注意しています。以前、欅(けやき)でオイル仕上げのお皿を作ったことがあるのですが、パンを載せると、なんとも言えない臭い匂いが立ち上ってきて……その匂いがパンに付いてしまって、とても食べられないということがあったんです。

どんな匂いだったのか気になります……逆に、良い匂いの木というのはありますか?

湯浅:うーん、食べ物に付いて良い匂いというのは、無いと思いますね。食器は、料理の香りを生かすために、匂いが無いのが一番です!ただ、山桜の木は、削っているとほんのり甘い香りがするんですよ。同じバラ科サクラ属なのに、ブラックチェリーはほぼ無臭です。不思議ですよね。

湯浅ロベルト淳
こちらは、無臭のブラックチェリーのお皿。

加工のしやすい木というのは、ありますか?

湯浅:基本的には、硬い木が使いやすいですね。

そうなんですか!柔らかい木の方が、彫りやすいのかと思っていました。

湯浅:柔らかい木は、繊維がつぶれて毛羽立ちやすいので、硬い木の方が加工しやすいんです。だから、今使っている材料は、全て広葉樹です。その中でも、山桜は特に細かい加工がしやすいので、カトラリーは全て山桜で作っています。

湯浅ロベルト淳

実際に、スプーンを作っている様子を見せていただきました。まずは窪みの部分から、手作業で一本ずつ削り出していきます。削った部分は、艶があり、つるりとしています。

湯浅ロベルト淳

やすりはかけていないのに、削っただけで、こんなに滑らかになるんですね!

湯浅:手で堀った部分に、やすりは使いません。やすりをかけると、滑らかになるような気がするでしょう?でも実は、やすりをかけるということは、木の表面に傷をつけることになるんですよ。表面に傷がついていると、水分を含みやすくなるので、水が付くと毛羽立ってしまいます。削っただけの木は、よく切れる刃物で木の繊維を切り取った状態になっていて、これが一番きれいな状態なんです。

理想は「気が付いたら、このお皿ばかり使っている」

作品を作るうえで、特に大切にしていることは何ですか?

湯浅:変わったものを作ることはとても簡単だけど、使いにくいものは結局使わなくなって、しまい込まれてしまいます。僕は、できるだけ毎日使ってほしいから、使いやすさは本当に大切にしています。「気が付いたら、このお皿ばかり使っている」そんな風に、暮らしに溶け込んで毎日使ってもらうことが理想ですね。

湯浅:漆を塗ることを始めたのも、防水性と強度を持たせたいと思ったから。漆って、割れた陶器をつなぎ合わせる金継ぎにも使うでしょう。接着剤みたいな働きがあるんですよ。木は繊維の塊だから、その間に漆が入って固まると、強度が増して強くなる。拭き漆という手法で、何度も漆を塗っては拭き取る、を繰り返します。漆は固まると本当に丈夫になるので、普通に洗うだけで特別なメンテナンスが要らず、楽ちんです。ただ、僕は塗る時に毎回かぶれるので大変ですが(笑)。

湯浅ロベルト淳
漆で仕上げた、四葉のデザインの豆皿。右から左へ、完成品に近づいていく。

オイル仕上げの商品の、メンテナンスについても教えてください。

湯浅:お手入れは、ウエス(古布など)にオイルを付けて塗り、乾かすだけです。クルミ油、アマニ油、えごま油は、時間が経つと乾いて固まるので、コーティング効果がありお勧めです。やらなくても使う上で問題はないですが、木の色が白っぽくならないようにキレイに使っていきたかったら、お手入れした方が良いですね。汚れが染み込みにくくなるので、汚れにくくもなりますし。

機械もある程度使うものの、9割は手作業で仕上げられているという食器たち。現代の暮らしの中では、誰がどこで作ったのか分からないものを使うことは、ごく普通のことです。だからこそ、こんな風に誰かの手から大切に生み出されたものを使うことができるのは、とても特別で素敵なことではないでしょうか。

湯浅ロベルト淳
作品の材料は、全てこのような広葉樹の板。ここからたくさんの工程を経て、完成する。

湯浅さんは、全国のクラフトフェアで直接お客さんと話す機会もあり、またお客さんとSNSでつながることもあるそう。作り手と使い手のコミュニケーションが色々な方法で可能な今の時代は、ハンドクラフトの可能性が広がる時代でもあるのかもしれません。

出荷を待つ作品たち。台に使っているのは古いミシン台

 

<取材協力>

湯浅ロベルト淳

湯浅ロベルト淳さん

【インスタグラム】

https://www.instagram.com/roberto_jun_yuasa/