自然を感じる暮らしって、ローカルな場所でなければできないのでしょうか?日本の伝統って、いまの私たちの暮らしとは縁の遠い話なのでしょうか?きっと、そんなことはありません。「自然が、自然に、とけこむ日々」のシリーズでは、もっと自由に、いまのスタイルにあわせて、日本の風習や、季節の情緒を楽しむかたちを探っていきます。
一番身近で、奥深い道具
さて問題です。
ものごころついた頃からほぼ毎日使っているほど身近で、これ以上ない簡素なつくりにもかかわらず、使い方に細かい作法がある道具ってなんでしょう?
正解はお箸。そのお作法の数は20種類以上もあると言われています。
日本では何故こんなにお箸の扱い方を大切にしているのでしょうか。今日はその不思議を解きながら、お箸を通して日本の暮らしが大切にしてきたことをお話ししたいと思います。
日本のお箸のはじまり
遠い遠い昔に日本を訪れた大陸の人は、倭国伝という本の中に日本人が手で食事をしていることを書き残しています。日本人が食事の時にお箸を使うようになったのは遣隋使を派遣した後のこと。大陸で先進文化に触れた遣いの者が、お箸で食事のもてなしを受けたことを報告し、返礼として来国する大陸の使節団を迎えるに当たって、見下されてはならないと箸を使い始めたと言われています。
ところが、お箸自体はもっと古い遺跡から発掘されています。これらのお箸は、祭祀で神様が食事をする際の道具として使われていました。つまり日本では、人よりも先に神様がお箸を使っていたのです。お箸が大切に扱われ、今もなお受け継がれる数多くの作法が生まれた理由は、ここにあるのでしょう。
祝箸の由来
そんな日本人のお箸に対する考え方が形になっているのが、祝い事の席で用いる「祝箸」です。
お正月に用意するお節料理は、年神さまのお供え物であり、同時に家族の幸せを願う縁起物のお料理でもあります。お節料理をいただく時は、祝箸と呼ばれる白い両細の丸箸が用意されます。「由来は分からないけれど、お正月には祝箸を使う」という習慣をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
白いこのお箸は、本来柳の木を使って作られました。水辺に生える白く清浄な木で、春一番に芽吹くめでたさがあり、家内喜と当て字されること。また柳の木はしなやかで折れにくいという縁起の良さが、数多の木の中から柳が選ばれた理由です。
大掃除で清めた家に、悪いものが入らないようにしめ縄で結界を施し、お迎えした年神様をお節料理でおもてなしする。年神様は縁起の良い柳の箸を依り代に、家族と一緒に祝いのお膳を召し上がります。
祝箸が両細に仕立てられているのは、片方は人が使い、もう片方を神様がお使いになるからと言われています。反対側は神様が使っておられるため、両細だからといってひっくり返して取り箸に使うのはタブーです。祝箸は神様の依り代となる縁起物なので松の内は洗わず使う地域もありますし、京都の古いしきたりでは、神様が口にされる側を箸袋に収めるのが祝箸の袋のかけ方とされています。
大地や海の恵を、神様の宿る神聖な道具で命の糧にする、「箸を使っていただく食事」は本来、神様との繋がりを感じるという意味合いをもっていたのですね。
日頃の食事は、忙しさのあまり空腹を満たすだけの行為になっていることもあります。だからこそ、お正月の食卓だけは丁寧に、祝箸を用意して、その由来に思いをはせてみてはいかがでしょうか?
新しい年号に改まって初めてのお正月。暮らしの一部として受け継いできた日本人の心の文化を大切に、素晴らしい一年になるようお願いしてみてくださいね。
〈 取材協力 〉