木を使ってものづくりをしている人たちは、どんな木を、どんな風に選んでいるのだろう。「私が、この木を、えらぶ理由」のシリーズでは、木に携わるさまざまな職業の人へのインタビューをとおして、木が持ついろんな個性と多様性を見つめていきます。
天然の虫よけ効果を持つ木
映画『となりのトトロ』でトトロのすみかへの入り口となるのは、神社に生えている楠(くすのき)の大木です。枝ぶりが美しく、古くから神社や学校などに植えられてきました。実はこの楠は、人の暮らしにとても役立つ、あるものの原料となります。木に含まれる成分「カンフル」に防虫効果があり、その成分を結晶にした「樟脳(しょうのう)」が、むかしから衣服の防虫剤として使われてきたのです。
佐賀県神埼市に、そんな楠の特徴をいかした商品をつくっている会社があります。「やさしい暮らし」をコンセプトに、KUSU HANDMADEというブランド名で生産しているのは、楠の端材を使った雑貨たち。防虫効果や消臭効果、そして香りにはリラックス効果がある楠を使って、どのような商品が生まれているのでしょうか?今回は、KUSU HANDMADEを展開している株式会社中村さんにお邪魔して、商品開発までの道のりをうかがいました。
編集部のメンバーが車を降りると、山積みの丸太と、さわやかな木の香りに迎えられました。この木からどのような製品が生まれているのか、わくわくしながら、さっそく中村社長(以下:中村)にお話をうかがいました。
商品のルーツは3代さかのぼる
そもそもどうして、楠を使った製品を生産されているのですか?
中村:楠とのかかわりは、私の曽祖父の代までさかのぼります。この辺りは、もともと楠がたくさん自生していました。そして曽祖父は、楠を専門に切り出す木挽き(こびき)をしていました。楠には防虫効果があり、衣服を守ってくれるので、むかしから婚礼家具をつくるのに使われていたんです。
ひいおじいさんの代からですか!本当に、脈々と受け継がれてきたのですね。
中村:そうですね、思い付きで始めたわけではなく、ずっと楠を扱ってきた、そのことは忘れないようにしようと思っています。その後、祖父が木材の加工会社を作り、住宅内装材の卸販売まで行うようになりました。そして父の代で、楠を使って、フローリングなどの内装材も作り始めました。その時に出る端材が、KUSU HANDMADEの原料となっています。
受け継いできた楠で、現代に役立つ商品を作りたい
楠の特徴をいかした商品とは、どのようなものでしょうか?
中村:この「ECO BLOCK(エコブロック)」が、KUSU HANDMADEの始まりとなった商品です。使い方はとても簡単で、そのまま衣装ケースや引き出しに入れるだけです。楠の成分が、服につく害虫を寄せ付けません。香りが薄れてきたら、楠のオイルを数滴たらしてからブロック同士をこすり合わせ、少し乾かすと、香りが復活します。また楠の香りにはリラックス効果もあるため、虫よけとしてはもちろん、アロマとして使うこともできます。
ECO BLOCKは、どのような発想から生まれたのでしょうか?
中村:父の知り合いで、アトピーのお子さんを持つ方が、市販の防虫剤を使わずに楠をけずって防虫剤として使われていたんです。そんなふうに、楠から人の役に立つ商品を作れないかと考えたのが、ECO BLOCKの始まりです。楠って、木を見ていただくと分かるのですが、成長過程でねじれていくんですよね。まっすぐな材を取ろうと思うと、端材がたくさん出てしまいます。その端材をブロック型に整えて売り出したのが、今から13、4年ほど前のことです。
お父様の代で原型ができたのですね。
中村:最初の商品は、デザイン的に和風な感じが強く、受け入れられる先が少ないと感じるものでした。それを、なんとか売れる商品にしようということで、私に「手伝ってほしい」と声がかかったんです。そこから、もう一度デザインやコンセプトを見直し、今の形に近いものになりました。ただ、木の表面の成分が飛んでしまうと、防虫効果が薄れてしまうんですね。そこが課題でした。
できるだけ長く、繰り返し使えると、うれしいですよね。
中村:そこで、できあがったブロックの表面に、楠のオイルを塗ることにしたんです。この方法なら、何度も効き目をよみがえらせることができます。このようにして、今の商品が完成しました。
お客さんには、どのような方が多いのでしょうか?
中村:お客さんの年代は幅広いですね。年配の方は樟脳になじみがあるし、若い人は、なじみは無くても、自然のもので防虫ができるというところに魅力を感じてくださる人も多いようです。男性も、「香りが好き」と使われる方も多いんですよ。デザインも、シンプルでユニセックスなデザインを心がけています。
まず機械を作るところから始めました
― 樟脳やオイルも、最初から自社で作られていたのでしょうか?
中村:いいえ、最初から自分たちで作っていたわけではありません。楠のオイルは、樟脳を取り出す時の副産物としてできるので、最初は福岡にある樟脳屋さんから分けていただいていました。ただ、生産量が少なく、思うように仕入れることができなかったんです。そこで7年前に、樟脳もオイルも、いっそ自社で作ってみようということになったのです。でも、機械が江戸時代から伝わるものしかなくて…たとえば、楠を蒸留するために、まず木をチップにするのですが「丸太を両手で持って、回転する刃に押し当てて削っていく」という方法になってしまうのです。ちょっと、現代の基準からすると危ないですよね。はたらく人の安全が第一なので、女性でも扱えるような機械を一から作ることにしました。
江戸時代の機械を、現代版にアップデートされたのですね!
中村:発明家と言っていいくらい、機械に詳しい方に手伝っていただいたりして、一年がかりで、世界に一つのプラント(生産設備)ができあがりました。楠の蒸留は、樟脳という固形物が出るため、パイプが詰まらないようにすることなど、色々な工夫が必要でした。
編集部も、実際に蒸留を行っている現場を見学させていただきました。
まずは、楠を刃物で削ってチップにします。削られたチップが山になっていますが、ひとつずつがくるりと丸まった、なんだかかわいらしい形をしています。
この後チップを蒸留して、結晶と、オイルと、水に分けて取り出します。工場内には、冷却槽を冷やすために静かに流れる水の音がしていました。取り出されたばかりの樟脳の結晶は、光を反射してキラキラ光り、とてもきれいです。そして、防虫剤のイメージを裏切る、清涼感のある香りがあります。
こんなに良い香りがするんですね!
中村:そうですね。「樟脳(しょうのう)」と聞いて、洋服の防虫剤の、ツンとした匂いを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。でも、楠から抽出された天然の樟脳は、思わず深呼吸したくなるようなさわやかな香りがあります。今は、香りを楽しむための商品も人気がありますよ。樟脳とオイルを自社生産することで、アロマグッズやスキンケア用品など、商品の幅も広がりました。
九州だからこそ作れる商品
原料の楠はすべて九州産とのことですが、足りなくなったりしないのでしょうか?
中村:楠は、この辺りにはたくさん自生しているので、森林整備や道路の整備などのために伐採された木を、伐採業者から買い取って使用しています。それで、商品の原料としては十分です。処理業者に持ち込んで処理するとなると、ほとんどお金にはならないので、私たちが買い取ることで、地元経済にも貢献できると思っています。
材料のすべてをそのような形でまかなえるなんて、本当にたくさん自生しているのですね。
中村:佐賀県の県木は楠ですからね!(ちなみに、鹿児島や熊本の県木も楠です。)大きなものは製材し、その端材はECO BLOCKなどのグッズに使用します。さらに小さいものはチップにして、樟脳を抽出しています。樟脳を取り出した後のチップも、乾燥させてガーデンチップとして販売しています。これも、なかなか人気があるんですよ。無駄にするところがないよう、一本の木をすべて使い切っています。
これからの展望について教えてください。
中村:楠は、ヒノキなどと比べても、まだまだ認知度が低いですよね。ですから、もっともっといろんな方に知って、使ってもらいたいですね。最近では、海外からも引き合いがあります。香港、中国、台湾など、樟脳になじみがあるアジアの国が多いんです。どこに魅力を感じていただいているのか、とても興味深いです。
古くは婚礼家具に使われていた楠が、今はさまざまなグッズに形を変えて、私たちの生活に寄り添ってくれています。楠がたくさん自生していて、ずっと楠を使い続けてきたこの地域だからこそ生まれた、KUSU HANDMADEの雑貨たち。天然の素材で作られていて、身体にやさしい。香りに心が癒され、心にもやさしい。本来なら捨てられる端材が活用されることで、環境にもやさしい…小さな木に、たくさんの「やさしい」が詰まっていました。
「楠のプロ」に聞いた「楠」の魅力
・天然の防虫作用がある
・リラックス効果のある香りがある
・樹形が美しく、むかしから神社仏閣などに植えられてきた
<取材協力>
株式会社中村
KUSU HANDMADE 公式ホームページ