窓の外では、森の木々が静かに風に揺れています。
そして、パチパチと薪がはぜる音を聞きながら、私は今日もこの大好きな台所に立っています。
はじめまして、yumiと申します。私は26年間、建築の仕事に携わってきました。数多くの家づくりに関わり、住まい手の数だけある「理想の暮らし」を形にするお手伝いをしてきましたが、2年前にそのキャリアに一区切りをつけました。
現在は、庭に建てたアトリエを運営しています。そこは、私がこれまでの経験から得た「暮らしの豊かさ」を皆さんと分かち合うための場所。無理のないペースでゆるりと場をひらき、人と人を繋ぐ。そんな活動を始めて、2年目に入りました。
わが家は、山のふもとに佇む21坪の小さな平屋です。
そこには、夫と社会人の娘、そしてイヌ4匹、ネコ3匹、庭で自由に遊ぶニワトリ8羽。 自然に囲まれたこの家で、賑やかな家族の気配をいつもすぐそばに感じながら暮らしています。
「長年住まいに関わる仕事をしてきた私が、最後に選んだ小さな家」そう聞くと、少し格好よく聞こえるかもしれません。けれど、私がこの「足るを知る」暮らしに辿り着いたのは、仕事を通じた数多くの現場経験や、実際の暮らしの中で悩み、試行錯誤してきた、かけがえのない時間があったからこそ。
20年越しの片思いを実らせて迎えた、この台所の物語をまずはゆっくりとお話しさせてください。
「キッチン」を「台所」と呼びたい理由
わが家の中心には、大きな窓があります。 春には淡い桜が窓の向こうに広がり、秋には紅葉が燃えるように色づく。庭で遊ぶニワトリたちの様子や、羽を休めにくる野鳥たちを眺めながら過ごすこの場所を、私は親しみを込めて「台所」と呼んでいます。
今は「システムキッチン」という呼び方が当たり前になりました。
機能的で、効率が良く、汚れもつきにくい。
けれど、私にとっての台所は単なる「調理のための設備」ではありません。
窓の外の移ろいゆく景色を眺めながら、その時期に一番おいしい旬の食材で料理をしたり、季節の果実酒を仕込んだり。時には、自分のためだけに小さくて甘いものを作ってみたり。
そんな日々の何気ない、愛おしい「暮らしの営み」が詰まった場所。
そこには、どこか無機質な「キッチン」という響きよりも、温かな血の通った「台所」という呼び名が、この家に流れる時間にはしっくりくるのです。
ウッドワンの無垢の木のキッチン「su:iji(スイージー)」の名前の由来が、日本語の「炊事(すいじ)」にあると知ったとき、すとんと胸に落ちるものがありました。メーカーがこの名前に込めた、日々の炊事を慈しむという想い。
それは、私が理想とする「台所のあり方」と、深く共鳴するものだったからです。
20年という時を経て、たどり着いた場所
このスイージーとの出会いは、今から20年ほど前に遡ります。 仕事で初めて手がけたモデルハウスで採用したのが、このスイージーでした。
当時は、利便性や効率を優先した「新建材」が次々と生み出されていた時代。「無垢の木のような手間のかかる素材は、もはや今の時代にはそぐわない」という流れが業界の主流でした。そんな中で、ウッドワンというメーカーが持つ流行に流されない姿勢は、私の目にとても実直なものに映りました。
単なる設備の枠を超えて、自らニュージーランドで山を管理し、苗木から30年以上の歳月をかけて木を育てる。そこから生まれた「使うほどに味わいが増す本物の素材」と、何より「炊事」という営みを真っ直ぐに見つめるその考え方に触れたとき。
「ああ、私はこういうものに出会いたかったんだ」と直感的に思ったのを覚えています。
そのスイージーを主役にして、モデルハウスのコンセプトを練り上げると同時に、
「いつか自分の家をもう一度建てるなら、台所には必ずこのスイージーを迎えよう」。
その時から、私の密かな片思いが始まりました。
仕事を通じて数多くの家づくりやキッチンに関わってきましたが、私の心の中には、「本物の素材と歩む暮らし」への憧れが、ずっと消えずに灯り続けていました。
そして、二度目の家を建てることになった時。 私の台所に迷わず選んだのは、やはりスイージーでした。
選んだ色は、当時出たばかりのニュートラルカラーのグレー。 サイズは、幅2275mmという、一般的なサイズと比べて少しコンパクトなものにし、その分、奥行きは900mmと広めにとることにしました。
この奥行きが、私たちの暮らしにゆとりを生んでくれます。奥行きがあることで、カウンターの下にはたっぷりと収納を確保することができ、21坪という限られた空間を有効に使うことができます。 また、わが家は4匹のわんこたちの食事もすべて手作りしています。家族のごはんを作りながら、同時にワンコたちの器を並べて準備をする。そんな時、900mmという奥行きのある広い天板は、作業を妨げることなくゆったりと受け止めてくれます。
天板は、窓からの柔らかな光を優しく反射するバイブレーション仕上げのステンレス。そして、使い込むほどに少しずつ手に馴染んでいく真鍮の取っ手。 この取っ手に手をかけるたび、「やっぱり、これにしてよかったな」と思っています。20年という時間を経て、ようやく今の自分の身の丈に合う、しっくりくる場所に辿り着けたように思っています。
母の背中から受け取ったもの
私がこれほどまでに台所にこだわるのは、料理人として今も現役で厨房に立つ母の背中を見て育ったからかもしれません。
母は、手取り足取り料理を教えてくれるようなタイプではありませんでした。具体的なレシピを聞いてみても、「私の背中を見ていなさい」という感じで、細かい分量や手順を教わった記憶はありません。
毎日、とにかくテキパキと無駄なく、当たり前のように家族の食事を作り上げる母の背中。そこには、料理を作る人の迷いのないリズムや、淡々と手を動かすたくましさがありました。特別なことではなく、日々の「仕事」として、けれど丁寧に。その母の姿をずっと見てきたからこそ、今の私も台所に立つ時間を当たり前の大切なこととして受け継いでいるのだと思います。
そんな母が、私が18歳で実家を出る時に贈ってくれたのが一本の包丁でした。何度も研ぎ直し、使い続けて33年になります。「私の日々の料理には、この包丁がなくてはならない」そう思えるほど、長年連れ添ってきた大切な相棒です。
誰かを思い浮かべながら台所に立つ時間は、私にとっても自分自身を整える大切なひとときです。 かつて仕事に追われていた時期は、台所に立つことがただの義務になってしまうこともありました。けれど、今の家で無垢の木の柔らかな感触に触れると気持ちが丸くなり、「よし、作ろう」と自然にスイッチが入る気がします。
5年経った今も、この木の手触りが私を本来の自分に戻してくれる感覚は変わりません。
母から受け継いだのは、書き残されたレシピではなく「台所を、家族の命を育む場所として大切にする」というその姿勢そのもの。今も現役で料理を作り続ける母の背中は、私にとって今でも一番の指針です。
ワンコたちの爪跡も、愛おしい「生きた証」
本物の木と暮らすということは、家族の歴史をそのまま刻むということでもあります。 わが家には元気なワンコたちがいて、ごはんの時間になると嬉しくてたまらず扉に飛びついたり、ふとした拍子に床を引っかいてしまったりします。そんな日常のなかで、少しずつ小さな跡が増えていきます。
でも、それを見ても嫌な気持ちにはなりません。 化粧シートや樹脂の表面についた傷は、ともすれば単なる「傷み」や「劣化」に見えてしまうかもしれません。無垢の木についた跡は、そこで誰かが生きていた「記憶」になります。 それは単なる「傷」ではなく、この子たちが今日も元気にここで過ごしているという、何よりのしるし。いつか彼らとお別れする日が来ても、この台所に残った跡を撫でれば、一緒に過ごした賑やかで幸せな時間を、きっと思い出せるはず。そう思えるのは、年月とともに味わいが増していく素材を選んだからこそです。
もちろん、傷がつきっぱなしで「おしまい」ではありません。 もしもいつか気分を変えたくなったら、表面を軽く削って塗り直すことができるのも、無垢の木の懐の深さです。 古くなったからといって新しいものに買い換えるのではなく、今の自分に似合う色へと少しずつお手入れをして、新しい表情を引き出してあげる。それは、自分の人生を直しながら、愛でながら、大切に歩んでいくことによく似ている気がします。
テレビのない暮らし、そして「余白」の贅沢
わが家には、テレビがありません。その代わりに手に入れたのは、自然の音に耳を傾けながら、家族でゆっくりと語らう時間です。
冬は薪ストーブの中で火がはぜる小さな音。それ以外の季節には、木々が風に揺れる音や虫の声、近くを流れる川のせせらぎ。お風呂上がりに、ダイニングのやわらかい明かりの下で、そんな自然の気配を感じながら食事を楽しみ、今日あったことをとりとめもなく話したり。
テレビの音に邪魔されることなく、お互いの声に耳を澄ませる。あるいは、何も話さなくても、同じ空間にいる心地よさを共有する。そんな「余白」の時間こそが、私たちの暮らしに本当の意味での潤いを与えてくれています。21坪という広さは物理的な制約ではなく、心の広がりを感じるための「ちょうどいいサイズ」。それは住む前からの予想通りであり、5年経った今、日々の暮らしの中にしっくりと馴染んでいます。
家を訪れる友人や客人も、このダイニングでゆっくりと過ごしてくれます。 大きな窓の外の景色を眺めながら、心を込めて作った料理とお酒と共に、尽きることのない会話を楽しむ。そんな人と人を温かくつなぐ役割も、この場所は果たしてくれているのです。
100年後のアンティークを目指して
ピカピカの新品のまま保つよりも、毎日しっかり使い込んで、傷も跡も全部ひっくるめて「わが家の味」にしていきたい。
「100年後」なんて、住宅の寿命を考えれば少し言い過ぎですが(笑)、そのくらい壮大な気持ちで、この台所を「わが家のアンティーク」へと育てていきたいのです。
10年後、20年後。時を重ねるごとに愛着が増し、暮らしに馴染んでいく。そんな変化を楽しみながら、ゆっくりと歩んでいくつもりです。
「炊事(スイージー)」を、慈しむ。 それは、自分たちの暮らしを、そして一緒に過ごす家族や仲間の存在を、まるごと大切にすること。
明日もまた、大好きなこの台所で。 窓の外の景色を眺めながら、家族やワンコたちのために、そして自分のために、美味しいごはんを作りたいと思います。
小さく建てて、豊かに暮らす。
自ら設計・デザインした、森のそばの平屋にて。
自然と動物に寄り添う、小さな日々の記録。
犬や猫、ニワトリやミツバチとともに。
Instagram: @hy___home21
庭のアトリエ : @atelier_inaho
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