〝いい顔してる植物〟をコンセプトに、独自の美しさを提案する植物屋、叢(くさむら)を主宰する小田さん。今回の連載は、美しい植物と密接に関わる鉢について。小田さんの哲学ならぬ“鉄”学とは…?
叢を初めて14年。これまでのほとんどの時間、植物を見ることに割いてきました。植物の魅力をどのようにして最大化して伝えることができるか。植物の魅力はとてもたくさんあって、でもストレートな伝え方ではなかなか伝えることができない。世の中にあるたくさんの魅力的なものがまばゆすぎて、地味な植物はどうしても伝えにくい。そもそも自分の力不足ではありますが。
その手法を考える中で、叢本店の移転を考えた2023年頃から、金属、とりわけ鉄に関して興味が湧いてきました。これは広島に意思疎通のできる鉄工所があったからに他なりませんが。

僕の考える植物の長所とは、変化があって生長するところ、個性があるところ、逆に短所は、変化して朽ちてしまうこと、デザインを投入しにくいところ。(デザインを入れてしまうとわざとらしくなってしまうため)ほかにもたくさんのいいところ、難しいところはあるのだけど、上記に挙げた点が僕のツボとなるところ。そんな長所を伸ばし、短所を補うことができたら、もっとたくさんの人に植物の魅力が発信できるのではと思ったわけで、それをアシストしてくれるものが金属かなーと考えたわけです。
様々なシーンで植物を展示する際に、鉄の耐久性、強度、加工のしやすさを利用して、植物の土台となる鉢の適した存在感を表現するために鉄で何かできないかを考えるようになりました。
まずは広島本店の作り方。
このお店を作るときは、随分とたくさんの方に立地の件で反対されました。広島市の中でもほとんど人が訪れることのないエリアに構えようとしたからです。
実際のところこの僕も西区に住み、西区に会社を立ち上げて10年以上経つにもかかわらず、一度も訪れたことのないエリアでした。
そんな辺鄙なところに構えたからには、何かしら仕掛けが必要だと思い、鉄による門や看板を考
えたのです。
広島本店についても触れた記事「僕の仕事」はこちらから
まずはほとんどの人が気づかない看板。
看板は、鉄をレーザーでカットして製作しています。
見る角度を変えることで、文字が浮かびあがるような仕掛けをしています。
目の錯覚を利用して文字の部分部分を変形させているために、データ上の計算が難しく苦労しました。
本店入り口にある箱型の看板
エントランスは、元々あった古い一般的な家屋が見えてしまうと興醒めしてしまうので、4mを超える鉄板で塀を作り、あえて内部を見せないようにしました。こうした構造物も鉄の強度により実現できます。
そして扉は、おりがみでよく使われる開き方を参考に製作しました。この扉の構造や使用する金具など全て手探りで実験しながら金具自体も一から削り出して作っています。鉄工所の努力の結晶です。使用する鉄はコールテン鋼と言われる表面だけ錆びて芯が錆びない鉄を使っています。この鉄は長年土に接触しても腐食せず、形を留めることができます。

こうして店内のサボテンを見てもらう前に、いくつかの仕掛けでまずはワクワクしてもらい、そのワクワクと共に入店してもらえば、不思議なサボテンをより感度よく感じてもらえるのでは、と考えました。

叢 Hiroshima
Instagram @qusamura_official/
〒733-0803
広島県広島市西区竜王町7-22
駐車場数台あり
鉢
昨年の夏からは、金属による鉢を精力的にデザインしています。代表的なものとして、不規則な面で出来上がった「多面体鉢」です。

これの作り方は、まずお花屋さんで良く使うスポンジ(通称:「オアシス ブランド吸水フォーム」※)を包丁で切り落とし、形を作ります。サイズは20cm程度。この時にできるだけ考えずにサクサクと切っていきます。
※OASIS および オアシスは、スミザーズオアシスジャパン(株)の商標または登録商標です。

こうしてできたかなりいい加減な形を、グラフィックデザイナーに渡して、コンピューター内でデータ化してもらいます。

そのデータを鉄工場に渡し、レーザーで全ての面を切り出していきます。

そして全ての切り出した鉄板の辺を溶接し繋げていき形成します。

同じ形でも拡大率を変えれば大きさを変えることができます。
空間に合ったサイズ感で製作します。
このような鉢も、素材や大きさを変えると違うものに見える鉢ができます。
こちらの2種の鉢は同じ型から取っています。


またアートピースのような、少し存在感のある鉢をデザインすることもあります。
こちら 緑と金色のコーポレートカラーの有名な腕時計ブランドのショールーム用に製作した鉢です。
僕が元々興味を持ったオランダの建築家集団
MVRDVの作品や、日本の「もの派」と呼ばれる現代美術家の関根伸夫氏や菅木志雄氏の作品から影響を受けてトライしたものです。
腕時計ブランドの中でも特に人気の高いモデルのカラーを抽出して金属に塗装を施しています。金属の良いところの一つに、何色にも塗装できるというのもありますね。
こちらの三角と四角を組み合わせた鉢は、文字盤の12時の位置にくる逆三角形と6時の位置にくる四角形をモチーフにしています。

こちらも腕時計の円形を模った鉢です。金属の溶接は、ほんの一点だけでもかなりの強度を保つことができ、このような不思議な形を成立させることができます。

こちらはMVRDVの建築物をモチーフにしています。壁面から異様に飛び出した不思議な部屋は、どのようにその形を維持しているのかがわからなくなるほど極端です。

こちらは関根氏の作品「位相ー大地」を画像で見て考えた鉢です。
そもそも「位相ー大地」は僕の生まれる前の作品で、もう存在していないと思います。ただの穴と土の塊なので。幾何学的な形と、歪な植物の対比が感じられる鉢植えになっていると思います。

また鉢が植物の下にあるという概念をちょっとだけ崩して、大きな山のような鉢を作ったこともあります。上部にも鉢を仕込める空洞があり、そこに管理のしやすいプラスチックの鉢を仕込むことができます。
上部の鉢に水をやると、その排水は下段の鉢にホースを使って流れ込むことができます。
水やりや排水の処理を極力簡素化してあげることで、日々の手入れの負担を減らし長く愛着を持って植物を見てもらえることにつながります。電話を設置する平面な部分も作って、鉢以外の機能性も持たせています。また、面ごとに肌の処理を変えているので、見る角度でさまざまな光沢の違いが現れます。

真珠のネックレスをイメージした鉢も合わせてデザイン
ここだけにしかない鉢植えをデザインすることで、価値が上がります。


鉢や花壇を作るときにすごく重要なのが、排水性です。
植物に合わせて土を作り込むのはもちろんですが、鉢自体に排水がきちんと行えるよう、必要な穴を底面に開けます。
鉄製の鉢の欠点は、直射日光に当たったときに高温度になってしまうという点ですが、現在叢で作っている屋外用の50cm以上の大きさのある鉢では、土の容量が多いため土中が高温にならないことが確認されています。
小さい鉄の鉢は、室内専用ですね。
その他の金属に助けられている植栽案件をご紹介。
多肉植物中心で構成した壁面緑化のベースをステンレスで組み立て、室内用壁面緑化植栽です。
黒板のように、下に受けがあり壁面緑化に注水した全ての水は集められ下部に1ヶ所で受け取ることができます。

この壁面緑化は、通常壁面緑化に使用する耐陰性の観葉植物をあまり使わずに、耐陰性の多肉植物や、洋ランを組み合わせて作っています。
クライアント様は、植物にかなり強いこだわりをお持ちの方で、叢のサボテンもたくさん所有されています。どこにもない壁面緑化を希望されており、土台や植物の種類など細かくデザインしています。

特注の水槽にピッタリ合うように設計したプランターに植栽を行っています。こちらも底面は緩やかな勾配がつけてあり、潅水した水が1ヶ所に集められます。
植物の育成のための照明具と組み合わせた展示台。ほとんどの部分をステンレスで作り上げていますが、天井の負荷を下げるために天井の部分だけアルミニウムを使用しています。同じ素材に見えるように色々工夫しています。太陽光のない中、一度も徒長(とちょう)※したことのない優秀な展示台です。
※徒長(とちょう):もやしのように光量不足で弱く育ってしまう現象)

サボテンを置くために作った什器。ステンレスの細い枠があることで人の目を1点に集中させることができます。

まだまだ金属でやってみたいことは結構あって、頭の中の妄想が走り出しています。オリジナルの鉢は、シーンに合わせて素材や色など可能性は無限大に近く、植物を触るにあたって、僕の中で一つのユニークな武器になりそうです。

小田康平
〝いい顔してる植物〟をコンセプトに、独自の美しさを提案する植物屋、叢 – Qusamuraを主宰。広島を拠点に、2019年世田谷代田、2023年有楽町に出店。サボテンや多肉植物の販売を行うほか、ホテルやオフィスなどの植栽も手がける。代表作に2016年銀座メゾンエルメスショウウィンドウを担当。関連写真集は、「叢の視点」(2021)など多数。
Instagram:@qusamura_official