ようこそ蜃気楼の部屋へ
築47年の中古マンションリノベーション
東京郊外、線路沿いに建つ築47年のマンションの一室。一級建築士・川内聡士さんが「蜃気楼の部屋」と名付け、自身の理想と思い出を具現化した場所です。
全体が淡いブルーに纏われ、納まりの美しい住空間。一歩部屋に踏み入れた瞬間、神秘的な光と空気に包まれて、気持ちも整う心地よさがありました。
玄関から
現在、都内の設計事務所に勤務する川内さん。公共施設などの大規模な設計に携わりながらも「本業では追求しきれない」というある種の尖ったデザイン建築を自邸のマンションで実現されました。
「このリノベーションに関してはけっこう僕も“挑戦”したかな。すごく悩んで考えたから、ウッドワンさんのショールームにもけっこう長居しちゃいましたが、ずっと一緒に考えてくれて…」
ノスタルジーと現実と
もともとここは川内さんの祖母が暮らしていたマンション。細かいリフォームを繰り返し、川内さんが購入し譲り受けたときにはもう“つぎはぎでボロボロ”の状態だったそうですが、都心からほどよく離れた郊外に位置し、眺望も良いという立地の利点にも魅力を感じた物件だったそう。
暮らしを編集する箱
「生活感のない空間」というのが、この“挑戦”の過程で決まったリノベーションのコンセプトだったとか。単にモノが少ないミニマルな空間を意味するのではなく、むしろ、空間そのものをニュートラルな「入れ物」と捉えるという考えかた。梁や柱など、部屋の中に目立つ凹凸はできるだけなくし、空間に感じる“ノイズ”は最小限に…。
家具や雑貨、そして季節のお花など、日々変化する暮らしの要素によって色や表情を与えて、住みながら家を編集していきたいという想いがあったようです。
お花を愉しむ
「リノベ自体ではあまり色を出さずに、日々生活していく中で、お花とか家具とか、それをアクセントカラーとして使いたかったんですよ。家具とか雑貨とかを集めるのは好きだし、憧れもあったので」と、川内さん。
モノトーンを基調とした空間に、自身で選んだ花を加えて彩る。空間を完成品ではなく、住む人自身が成長させていくキャンバスとして捉えているようにも思えます。
「蜃気楼の部屋」が意味するもの
この空間を「蜃気楼の部屋」と名付けたのは、曖昧でぼんやりとした理想を具現化したかったからだといいます。
「ここはもともとおばあちゃんちで、窓際の部屋は、畳が敷かれた和室でした。その時の情景をすごく覚えていて。リノベーションでは、その記憶もエッセンスとして入れたいなと思っていたんです」
幼い頃に祖母の家で感じた温かい記憶。それを自分色に染めていくという、ノスタルジーと現代を融合させるプロセスでもありました。
同系色で統一
この「ぼんやり」とした感覚を空間に落とし込む過程で、床、壁、天井を同系色で統一するアイデアを思い付いたのだとか。これにより、空間の境界線が曖昧になるような、不思議な広がりと奥行きが生まれています。
素材の質感や光が複雑に反射し、時間とともに表情を変える様は、まるで海辺に浮かぶ蜃気楼のよう。掴みどころのない幻想的な雰囲気を醸し出しています。
また、全て完璧に仕上げるのではなく、天井はあえてコンクリートを露出させるなどの遊びの余地を残し、空間に対する“とっつきにくさ”を軽減させました。
木のキッチン、su:iji「スイージー」
今回川内さんがはじめて挑戦したという、自邸の建築。その幻想的な空間にそっと馴染む、ネイビーに塗装された木のキッチン。
自邸のデザインコンセプトが「生活感のない空間」へとシフトする過程で、「木のキッチン」は一度候補から外れたそうですが、様々なメーカーのショールームを巡る中で、予算やデザインのイメージと合致するものが見つからず、改めてウッドワンのショールームを訪れることになったといいます。
空間イメージとの合致
ショールームに何度も通いスタッフにも相談する中で、無垢の扉カラーとステンレス天板を組み合わせたデザインが、目指しているシャープな空間イメージと完璧に合致したそう。
スイージー su:iji Neutral Color NZ40ニュートラルカラー D6色(ネイビー)
川内さんが選択されたのは、木の深い味わいを出すように塗装された、スイージーのニュートラルカラーシリーズ。一般的な「木の温かみ」というイメージを超え、多様なデザイン哲学にも順応しやすいトーンカラーです。
ホンモノの木の框組(かまちぐみ)
「框組(かまちぐみ)は、インダストリアル(工業的)な中にクラシック要素を加えるような、このアンバランスさが“かわいい”ですよね。しっかり木を使っているし、クラフト感もあって。値段もそこそこで手の届く価格帯だったな」と、川内さん。
框組とは、縦横の木材を組み上げた枠の中に鏡板をはめ込む伝統的な工法で、無垢材の反りを防止する役割も持ちます。この工法がもたらす「クラフト感」は、工業製品にはない温かみと唯一性を空間に与えています。
手をかざすだけのタッチレスセンサー式水栓
川内さんがスイージーを採用する最終的な決め手となったのは、そのようなデザイン性の部分だけではなく、「機器類のチョイスの幅が広い」という“懐の深い”点だったとか。
洗剤の自動投入機能の付いた食器洗い機
多くのシステムキッチンメーカーが、定番の機器を安価で供給するのに対し、スイージーは、海外製の水栓や食洗機などを厳選しつつも豊富にラインナップ。自分好みにカスタムできるという柔軟性があります。
「キッチンは一番迷ったから、造作にすることも考えたんだけど。レンジフードもオイルスマッシャータイプのものが普通に選べたし、チョイスの幅が広いところはやっぱり決め手でしたね。スイージーは天板もコーリアン🄬が選べるし、好きなタイルにもしようと思えばできる。その懐の広さは大きいな、って。タイル天板なんかは可能性を感じますよね」
自宅ではお酒をたしなむことが多いとか
家具として置きたい
実用性のある機能面に考慮しつつも、キッチンを単なる調理の場ではなく「家具として置きたい」という思いから、背面には一般的なカップボードを置かず、奥に独立したパントリーを設けるという珍しいレイアウトも採用されています。
グラス収納
キッチン前面の開き収納もフル活用。グラスや家事道具のストック品、文房具に至るまでをここに集約しています。
素材の対話が生み出す深み
素材に関してはキッチンだけでなく、床、壁、天井、家具に至るまで全て吟味して揃えられました。
床材にはリノリウム素材を採用。亜麻仁油や石灰岩、松ヤニといった自然由来の成分でできており、マットな肌触りと、抗菌効果、そして環境への配慮という点で、価値観と合致。
キッチン背面の垂れ壁には、キッチンの色見と合うように Farrow & Ballという海外メーカーの高品質塗料を使用。光の当たり方によって奥行きのある柔らかな表情を見せます。
リビングテーブルは1センチ単位でサイズを調整できるというカナデモノでオーダー。椅子は「本物の樹種を」との想いからマホガニー材のYチェア(限定品)を導入 。
それぞれに確かな存在感とストーリーが存在しました。
光と家具、そして可憐で儚いお花
そして最後に、この空間に命を吹き込んでいるのが「お花」でした。あえて不完全で変化する自然の要素を取り入れることで、モノトーンから表情豊かな生きた空間へ。
家づくりがもたらす「資産」
もともとは賃貸暮らしだったという川内さん。自邸のリノベーションは、単なる住環境の改善というわけではなく「将来の不動産価値を高めるための戦略」としても見据えているとか。
「キッチンなど“目玉”となる部分に費用をかけることで、再販時にも付加価値を付けたいんです」
自邸の内覧会
“挑戦”と地続きで考えていた自邸の「完成内覧会」。それには、知人や業界関係者だけでなく、見ず知らずのリノベーションを考えている一般人も多く訪れ、その結果、新築戸建てやリノベーションの相談を受ける機会が増え、新たな可能性を感じているそう。
「このリノベは、自分の仕事にもプラスに働いていますね。普段からSNS発信もしているんですけど“こんな僕でもできるんだぞ”って、見てくれる人を感化させたい気持ちもあります」と、まだまだ潜在能力を秘める川内さん。
川内さんのInstagramはこちらから
蜃気楼の先
家づくりが、単に自己表現の場であるだけでなく、若い世代や、家づくりに漠然とした不安を抱える人々にとって、「自分にもできるかもしれない」という希望を与える、インスピレーションの源泉となっているようです。
この場所から編集され、“蜃気楼”の先にみえる色や表情、価値観の循環が、とても楽しみです。
(文:松岡)