数百年続く伝統と、最先端の技術が融合。世界に誇る金属加工の町として製品を生み出し続ける、新潟・燕三条。江戸時代から続く和釘づくりに始まり、鎚起銅器(ついきどうき)、ヤスリ、そして現代のステンレス製品へ。


産地の技術と伝統を現代の暮らしにつなぐ新しいものづくりのかたちを提唱し、「作り手」と「使い手」をつなぐ「伝え手」として、2015年に立ち上げられた「家事問屋」 という家事ツールのブランド。
その発起人、久保寺公一さんを訪ねました。

今回は、日々の家事・炊事に馴染みのある「道具」について。木のキッチン愛用者にもファンの多い、シンプルでながくつかえるスタンダードな製品が生まれる現場をご紹介します。
・「家事問屋」が愛される秘密
・推しツール3つ
・営業による商品企画・開発と、3つのルール
・ターゲットは100位以下
・10年先の燕三条を担う:産地・作り手・使い手をつなぐ
・地域の技術継承と若者の雇用創出
・これまでと、これから

「家事問屋」製品は、当社キッチンユーザー様にも愛用者が多いです。こんな風に製品がずらりと並ぶブースは、初めて拝見しました。
久保寺さん(以下、久保寺):ちょうど今、この辺り一帯で行われる「工場の祭典」の準備をしているところで、社内はバタバタしていてすみません。
とんでもないです。工場の祭り、とても楽しそうです。
久保寺:ものづくり文化を伝えるイベントで、毎年開催されているんですが、歴史の背景があるまちで、それを活かさないのはもったいないですよね。こうして人が集まることで、職人がプライドをもつ、その結果品質が上がる、求人も増える、そんな連鎖が続くといいなと思っています。
そうですね。この「家事問屋」ブースもシンプルでいいですね。気になって中をみたくなります。
久保寺:祭典もそうですが、展示会などに出展することは良くあって。僕は、製品の持つ「世界観」を常に大切にしています。せっかく手に取って見てもらえる機会なので、製品をただ並べるのではなく、世界観を目に焼き付けてほしくて。使用シーンも想像しやすい展示を心がけていますね。
「家事問屋」が愛される秘密

久保寺:このブースのデザインも、商品同様に「家事問屋」でお世話になっている、デザイナーの小泉誠さんという方に設計していただいています。



みせかたを統一されているんですね。
久保寺:家事問屋の製品は、ありきたりな形で特徴やこだわりが分かりづらいんです。展示会でのスタッフの対応はもちろん、販売店さんや使い手にもそれが伝わるようにひとつひとつの製品の特徴マニュアルもつくりました。店頭用のポップも用意しています。


久保寺:あと、ブランドの「鮮度」を保つことも意識していますね。毎年10〜15点の新商品を開発して、店舗での再認識を促しています。新製品発表をすれば、また注目して見てもらえますからね。





「家事問屋」というブランド名、ロゴも素敵ですよね。
久保寺:ロゴデザインも同様に、小泉さんにしていただきました。当時、「ほんとすごく良いロゴができちゃったから、渡すのもったいないな~」なんて冗談も言われましたが(笑)
ブランド名は、うちが担っている「問屋」の役割と、「家事」という概念を組み合わせることで誕生しました。キッチンツールを単なる料理や道具の使用に限定せず、掃除や洗濯など、生活全体の質を向上させることが使命だとおもっています。
推しツール3つ
いいですね。いきなりですが、久保寺さんの「家事問屋」の家事ツール、推し3つを教えてください。
久保寺:それはもう、①パニーニパン ②下ごしらえボウル ③味見スプーン ですね!
即答ですね。イチオシは「パニーニパン」なんですね。

久保寺:これ、ホットサンドのパニーニよりも、(私は)むしろ魚焼きグリルとして使っています。はさんで焼くことで水分が逃げないので、焼き鮭やさんまもふっくらと焼き上がるんです。面倒な魚焼きグリルを洗う作業も必要なくなりますよ。
あと、鶏肉などもジューシーで美味しく調理できます。あとは・・・市販のカレーパンを挟んで温めても、カリっと出来立てのように仕上がりますね。

久保寺:ジョイント部分を外せば、フライパンのように使うこともできるんですよ。

…なんだか、欲しくなってきました(笑)
久保寺:これ、実は開発に2年くらいかかったんです。直火を当てる過酷な使用環境で、変形を防ぐこと、かつ焦げ付きにくく、手入れもしやすい構造で。それでいて、プロ並みの仕上がりの成功体験も提供したいので。
商品開発には、譲れない基準があるんですね。

営業による商品企画・開発と、3つのルール
久保寺:全製品に共通するブレない軸として、「清掃性」「収納性」「耐久性」という3つの厳格なルールを設けています。家事は毎日のことですから、単に使いやすいというレベルではなくて、製品を長く、快適に使い続けるための基盤を提供することが目的なんです。
“箱に入ったままのホットプレート”のような、特別なものではなくて、スタッキングができて、サッと取り出して使える、とか。手間はかけたいけど時短でできる、とか。分かりやすいキャッチコピーにはならないような、おっくうな作業の価値に焦点をあてる、みたいな…。

久保寺:使い捨て前提の製品作りは、巡り巡って、高品質な燕三条の製造技術を支えることにはならないし、「清掃性」「収納性」を軽視すれば、キッチンに立つユーザーの目に見えない労力時間や精神的負担となってしまう。
製品スペックを守りつつ、かゆいところに手が届くような、本当に「使い手」のニーズ、生の声を聞いているんですね。
久保寺:そうですね。うちは、営業担当者が中心となる商品開発体制をとっているんです。もちろんデザインや図面作成は専門担当者が行いますが、最終的な製品のコンセプトやアイデアは、生活者としてのニーズや、既存製品に対する改善要望など、常に顧客と最前線で対話する営業担当者から生まれるんです。そのときも、この必ず3つのルールは意識しますね。

商品の改良、改善も日々行っているんですね。
久保寺:実は、分からないようにさりげなくやっていることも多いです。大々的に「改良しました」と言って注目させることよりも、使いやすさや安全性の向上のために迅速に対応して、常に最高の状態で、ユーザーの暮らしに溶け込むことを最優先したい、という想いがあるからです。
たとえば以前、お客様から「水に濡れて手が柔らかい時にボウルの縁で指をかすりそうになった」というお声をいただき 、ボウルの縁を1.5倍ほど厚く改良しました。当然、コストは上がりますが、値段は変えずに仕様変更だけしました。また、パスタの計量カップで、「150g食べたいときもある」というお客様の声から、50ccごとの目盛りを追加したこともあります。

久保寺:品質管理は、各工場の製造ラインでの品質テストに加えて、製品が実際に使用される環境下でのテストも徹底して行っています。小さな工場で製造しているので問屋でありながら、このようなことも担っています。


ターゲットは100位以下

久保寺:市場戦略といったらアレですが、僕たち「家事問屋」がターゲットとしているのは、「ランキング100位以下」のような、ニッチな商品です。
たくさんは売れないけれどながく残り続ける商品。工場が昔から作り続けている商品。たとえば「フライパン」や「包丁」など、全員が必要なものではないが、「肉たたき」や「骨抜き」「缶切り」など、ないと困るアイテムに注目しています。
これらの需要を把握し、現代の暮らしに合わせて再設計や再提案することで、新たな市場を開拓しているんです。
なるほど、それはすごくおもしろいですね。
久保寺:燕三条地域の工房や工場は、少人数でやっているところも多く、「大量生産」や「流行」に左右される大企業の需要変動にも翻弄されがちです。それだと、安定とは程遠い。昔ながらの製品は、工場にとっても作り慣れていて、作り勝手と使い勝手が両立していることが多いんです。

久保寺:家事問屋がそのニッチな需要を安定供給することで、特殊なプレス加工や鍛造技術を必要とする工具の生産が持続的に行えるようになって、技術継承の土台も築いていけるのでは、と考えています。
10年先の燕三条を担う:産地・作り手・使い手をつなぐ





地域の技術継承と若者の雇用創出
日本が誇る製造業の聖地、燕三条地域の工房のみなさま、そして久保寺さんとの密接な繋がりによって、「家事問屋」ブランドは支えられているように感じました。
この“プロジェクト”全体の背景には、どのような想いがあるのでしょうか。
久保寺:「家事問屋」が仕入れる製品全てが地元燕三条の工場で生産されています。

久保寺:燕三条地域は、江戸時代から和釘や農工具の需要、そして洋食器の生産技術の応用などを通じて発展してきました。ですが現在、この地域産業は、高齢化と若者の流出による労働力不足、そして廃業の危機にも直面しています。
私たちが高コストでも地元調達にこだわるのは、地域の技術継承と若者の雇用創出という社会的な責任を果たすためです。地域の工房に安定的な仕事を提供することは、職人技術の伝承を経済的に支え、次世代の若手が地元で働く「選択肢」を残すことにもつながると思っています。
僕がそうだったように、東京で疲れたら、戻ってくる若者がいてもいいんじゃないかな。
お話をきいて、素敵な職場環境もみせていただいたので、働きたい、という若者も増えそうですね。
久保寺:この家事問屋の取り組みに賛同して、直近で入社してくださったかたもいます。家事問屋の世界観を理解してくださっていたので、話も早かったようにおもいます。
これまでと、これから
改めて「産地と作り手と使い手をつなげる」ことを目標に、2015年に立ち上がった「家事問屋」ブランド。これまでと、これから、を教えてください。
久保寺:はじめた当初は、社内でも注目されなかったし、「問屋不要論」なども言われていた時代でした。問屋なんて何もしないのに…ってね。でもこのニッチな仕組みと提案は、問屋だからこそやる意味がある。我々の強みだと思うんですよ。やっぱり必要なのね、っていう問屋でありたい。
これまでの10年間は、ブランドの認知度向上に努めてきました。「目をつぶったときに思い浮かぶのがブランドだ」ってよく言われますよね。
次の10年間は、作り手(生産者)・伝え手(産地問屋)・使い手(生活者)この三者をつなげることが最大の目標ですね。単なる取引を超えた「共創」のコミュニティ。製品の良さを口コミで広げてもらうことで、ファンがファンを呼ぶ仕組みを作りたいですね。

久保寺:産地問屋は「爆発的な売上」よりも「作り続けられる産地を未来に残すこと」これが最優先です。燕三条地域を盛りあげ、技術と文化を未来へつなぐという、社会的な意義のある取り組みとなることを願っています。
私も燕三条に想いを馳せ、いちファンとして製品を愛用したいと思いました。今日はありがとうございました。
「家事問屋」新商品は こちら から

(文:松岡)
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