木でつくられた道具には、世代を越えて、ながく暮らしに寄りそっていくものがあります。“おもちゃ”もそのひとつ。
つくり手のみなさんにお話を聞いてみると、親子2代どころかお孫さんまで「3代にわたって同じおもちゃで遊んでいる」という人だっているそうなのです。もしかしたら、あなたの実家や、おじいちゃん、おばあちゃんの家にも、そんなおもちゃが残っているかもしれませんね。
このコラムでは、ながく愛される木のおもちゃと、そんな素晴らしいおもちゃをつくっている人たちの想いをご紹介していきたいと思います。
てらうちさだお の あかちゃんつみき
“あかちゃんのおもちゃ”といえば“てらうちさだおのあかちゃんつみき”。そう語る人もいるくらい、ながく愛されてきた「つみき」があります。
1958年、創業者の寺内定夫さんは、日本初のおもちゃデザイナーとして独立。時代は、高度経済成長期。大手玩具メーカーの多くが利益を追従した経営スタイルに走るなか、寺内さんは、動力を使わないシンプルなおもちゃのデザインを発表していきます。
1965年には、おもちゃとして初めて、日本グッドデザイン賞を受賞。大きな反響を呼び、朝日新聞の天声人語などにも取り上げられました。1970年代には、日本橋高島屋に“寺内定夫の木のおもちゃの売り場”がつくられ、皇室をはじめ、たくさんの著名人や芸能人たちも訪れたそうです。
おもちゃで初めてグッドデザイン賞を受賞した「汽車つみき」。当時と同じデザインのまま、今も愛され続けている。写真のものは中古リペア品。遊んだときについたキズも、ていねいに時間をかけてクリーニングされ、良い風合いになっていく。
寺内さんが手がける美しいデザインは、世界的デザイナーの剣持勇氏や柳宗理氏にも認められ、コレクターも多い。大人のインテリアとしても楽しめそうな「2段つみき」。
ユニークなデザインに遊びごころをくすぐられる「ブナのロボット」
シンプルなかたちから、いろんなストーリーが湧いてくるような「あひるの親子」
こちらは「10のひきだし」というおもちゃ。20〜30年が経ち、ヴィンテージの風格も漂ってきた一品。カラフルな引き出しのエイジングも美しい。
寺内さんがつくった代表作のひとつが、この“あかちゃんつみき”です。
つみきの表面は、とても滑らかで、つるつるしています。あかちゃんのことを考えて、一つひとつ、ていねいな手磨きが施され、ここち良い丸みと、やさしくてあたたかい手ざわりが生まれています。
「積み木」とは書かずに、あえて「つみき」と表現されているのは、「積み木」と書いてしまうと「積む」遊びしか連想されない、という理由からだそう。
握る、さわる、放してみる、叩き合わせてみる。あかちゃんの五感を育て、感性を育む「つみき」なのです。
あかちゃんつみきは、もともとブナの木でつくられていました。しかし、現代では植林のほとんどがヒノキやスギになり、良質なブナがなかなか手に入らないことから、一時は生産が途絶えてしまったそうです。
そんななか、寺内さんたちは、諸戸百年檜(もろとひゃくねんひのき)という特別なヒノキに出会います。新調された銀座歌舞伎座の舞台で使われている材と同じもので、林業家が3代にわたって育て上げたヒノキです。
現在は、つみきとそれを入れる木箱にも、この諸戸百年檜が使われています。ブナでつくられた旧タイプも、今も保存品やリペア品というかたちで、大切に受け継がれています。
「あかちゃんつみき ブナ 白木無塗装仕上げ」の中古リペア品
木の風合いを深めながら、世代を越えて遊び継がれていく、てらうちのおもちゃたち。「4代にわたって大切に使っている」というご家庭もあるそうです。
寺内定夫さんは、「保育を考えずにおもちゃデザインはできない」と、発達心理学を学び、子どもの手の発達研究、感性研究、生活文化研究などにも取り組んでこられた方です。「手のひら絵本」といって、手のひらだけを使って、こどもと空想を楽しむ親子語りも提唱してきました。
その活動は、息子の寺内滝さんたちに受け継がれ、いまも大切に育まれています。
プラスチックの安価な量産品がふえ、こどもたちが本物にふれて感性を育む機会が失われつつある現代だからこそ、一度、手にとってみたいおもちゃです。
てらうちさだおの木のおもちゃ てのひらえほん
https://tenohiraehon.thebase.in
KOIDE の 木ののりもの
シンプルだけど、こころに何か残るものがあるデザイン。KOIDEのおもちゃは、美しい造形と色づかいで、独特の存在感を放っています。
こちらの「木ののりもの ラビット」は、赤い目や大きい耳、丸くてかわいい尻尾が印象的。
デザイン的な美しさ、かわいらしさだけでなく、「回転しすぎて、こどもが倒れないように」とハンドルの可動域を約50°に抑えたり、「家の床を傷つけないように」とタイヤにはエストラマーという素材をつけたり、使う人のことをていねいに考えてつくられたおもちゃです。
KOIDEの代表、目黒道夫さんによると、木のおもちゃをつくるには、木を扱う知識や技術はもちろん、プラスチックなどいろいろな素材のことを学んだうえで、必要に応じてそれらをうまく組み合わせてあげることが大切なのだそう。こうした視点からデザインができる人というのは、今ではほとんどいないそうです。
まあるい尻尾がかわいい。木を使ってきれいな球をつくることは、木のおもちゃをつくるうえで大切な技術のひとつ。こうした加工ができる熟練者も、近年はずいぶん減っているそう。
KOIDEのおもちゃづくりへの想いは、WEBサイトのなかで、こんな風に綴られています。
子供の日々はほとんど遊びでしめられ、その遊びになくてはならないお友達が【おもちゃ】です。
子供の時代にどんな遊びをしてすごすか、どんなおもちゃで遊ぶかが、その後の成長にとって大事なことです。
この数十年間で、プラスチックで出来ていて、乾電池を使ったり、スイッチ一つで、目まぐるしく動き回り、子供はただそれをみているだけというおもちゃがふえました。
樹木は、人間の歴史とともに、身の回りにあります。
100年生きた木が伐採後も、100年は呼吸するといわれるように、木は大変な生命力に満ちたものです。
人間にとって木の手ざわりはもっとも親しみやすいものであり、子供の心情にあったすぐれた材質の一つであります。
それで作ったおもちゃは長く使用することができます。時には、親子孫3代に渡って、使い続けられています。
KOIDE Webサイト
「製品にかける思い Our passion」より抜粋
「ながく遊んでもらえるように」と生まれてきたKOIDEのおもちゃたち。そのほとんどは、ブナの木でつくられています。ブナは木肌が緻密で、ながく使っても“ささくれ”などができにくく、重量感と耐久性、やさしい手ざわりを併せ持った、おもちゃにふさわしい木材。
いまも、KOIDEのもとには、20〜30年前につくったおもちゃのリペアの依頼がきたり、2世代、3世代と愛用されている方から手紙やメールをいただくこともあるそうです。
赤のシートがかっこいい「マイカー」。
押しても、乗っても楽しめる「汽車ぽっぽ」。
定番のおもちゃ「ワナゲ」。実は、輪投げは、日本独自の木のおもちゃ。
金具などを使わず、木だけでねじ込みを行い、ポールを立てることができる。世界に誇る高度な技術が使われている。
素材にこだわり、技術にこだわるのは、単に昔から築き上げて鍛えて来た技術を生かすだけの為ではありません。
それは安全に長くご使用頂く為の素材であり、技術なのです。
KOIDEの木のおもちゃは今の派手で遊び方の決まったおもちゃとは違い、子供が遊びを作り出す言わば昔ながらのおもちゃです。
実際に手に取り、重さ、暖かみ、堅さなどを感じ、遊びを自ら工夫して作ることで子供の想像力を育てて行きます。
KOIDE Webサイト
「より安全なおもちゃを」より
ながく愛されるおもちゃ。そのものづくりには、こどもたちへの真摯な想いが貫かれていました。
KOIDE
https://www.koide-woodtoys.jp
KEM の イナイイナイ・バア
「子ども達とかつて子どもだった人への贈り物」。
1979年、北海道でKEM工房をひらいた煙山泰子さんは、そんなコンセプトのもと、遊具や生活用品、子どものための空間のデザインに取り組んでこられました。
「星の王子様」というフランスの本の中に、ウワバミの絵を見て「帽子だ!」と決めつけてしまう大人達のことが描かれています。
私たちは大人になるにつれ、自分が子供だった頃の想像の世界と楽しさを忘れてしまいがちです。遊びを通して楽しく過ごした時間は、子供達の心にかけがえのない宝物として残ります。
大人にとっても、幼い子供の生命の輝きに触れて共感することは、種が水や太陽の力で芽をのばしはじめるように、眠っていた心の世界を広げるでしょう。私は、木の素材の中にその可能性を求めています。
KEM Webサイト
「ごあいさつ」より
「大切なものは、目に見えない」。サン・テグジュペリの「星の王子さま」に書かれたメッセージに大きな影響を受け、木をとおして“心を育む”ものづくりを続けてこられた煙山さん。
たとえば、「イナイイナイ・バア」と名づけられた、このおもちゃ。棒を押すとかわいい顔がのぞき、捧を引っ張ると顔がかくれてしまいます。
照れくさくて“いないいないばぁ”ができない新米のお父さんも、こうしたおもちゃをきっかけに、あかちゃんとの遊び方、接し方が上手くなっていく。
「おもちゃは、人と人のあいだにあって、こころをゆたかに通わせてくれるもの」。そんなKEMの考え方がよく表れたおもちゃです。ニレとミズキの木が使われていて、やさしい木のぬくもりが親子の時間をあたためてくれます。
木のやさしい感触と単純な動きを大切にしながらつくられた「カタカタ」。「カタカタNo1(写真左)」には、ナラとエゾマツが使われていて、樹種によって音も違う。
本物のクルミが2個入った、音も手ざわりもやさしいがらがら「クルミコロコロ」。掴んだり、ふったり、転がしたりと大活躍。
KEMの代表作のひとつが、北海道産の10種類の木でつくられたたまご「森の鳥たちからの贈りもの」。木育推進プロジェクトのメンバーでもある煙山さんは、一つひとつ違う木の質感や、その背景にある物語をとおして、こどもたちの心のなかに“森”を育もうとしています。
もともとは、自分の手でおもちゃをつくっていたという煙山さん。しかし、どうしてもつくれる数が限られ、単価も高くなってしまいます。「もっとたくさんの人々に、手頃な値段で、質の良いものを届けたい」。そんな想いに共鳴した津別木材工芸舎(北海道網走郡津別町)が、いまではKEMのおもちゃの製造を手がけています。
津別町は、面積の約9割が森林という“愛林のまち”。一つひとつていねいにつくられたおもちゃたちが、ここから全国へと羽ばたき、今日も誰かの心のなかに“森”を育んでいるはずです。
KEM
http://www.kem.hokkaido.jp
山のくじら舎 の おふろでちゃぷちゃぷ
ながく愛され、遊び継がれてきた名作・ロングセラーたちが多い、木のおもちゃ。そこに次の若い世代のつくり手たちがつづき、新たな名作を生み出そうとしています。
山のくじら舎の「おふろでちゃぷちゃぷ」も、そんなおもちゃのひとつ。
「お風呂で遊べる木のおもちゃがほしい」。
そんなママの声から生まれたというこのおもちゃは、新しいけれど、どこか懐かしくもある、不思議な魅力を持ったおもちゃです。
山のくじら舎を営む萩野和徳さんたちは、ご夫婦で都会から高知県安芸市へと移住。そこで一から、地域の「土佐ヒノキ」を生かしたおもちゃづくりを始めました。
安芸市は、広大な太平洋をのぞむ海のまち。「おふろでちゃぷちゃぷ」は、その海を泳ぐ11種類の魚たちが木のおもちゃになっていて、萩野さんご夫妻の地域への想いも感じられます。
“お魚を並べて魚屋さんごっこ、つみ木のように積み上げてバランス遊び、箱に戻すときはパズル遊び・・・”こどもたちの自由なひらめきから、つくり手の想像さえも越えてどんどん遊びが広がっていき、山のくじら舎の人気おもちゃに仲間入りしました。
遊び終わったあとは、一つずつ拭いて日陰干しするとながく使える。こどもたちは、おもちゃをとおして、物とながく付き合う知恵を育んでいく。
“大工道具”や“おままごと”などの定番おもちゃも、山のくじら舎が手がけると新しい生命を吹きこまれ、大人もワクワクするような本格セットに。
ブータン王国の王子誕生のときにも献上された「ちびっ子大工道具セット」。トンカチ、ノコギリ、レンチにカンナなど、本格的な大工道具がかわいい木箱に詰まっている。
「ままごとセット」も本格的。いろんな種類の食材や調理道具がたっぷり。
ご夫婦で一から始めたおもちゃづくり。今ではたくさんの仲間がふえ、仕事づくり・雇用の面からも地域を元気にしています。
お昼ごはんは、みんなで輪になっていただくそう。高知の新鮮な野菜をたっぷり使った味噌汁と、採れたてのたまご、玄米ごはん。派手ではない、ほんとうの贅沢がある時間。
だんだん、つくり手が減ってきているという木のおもちゃ。でも、山のくじら舎のような新しい担い手も生まれてきています。つぎの20年、30年。どんなおもちゃが愛され、遊び継がれていくのでしょうか。
山のくじら舎
https://yamanokujira.jp
ていねいにつくられた物は、ていねいに使われる。ながく愛されるおもちゃをつくる人たちは、世代や地域は違っても、みなさん、ひたむきな想いや、それぞれの哲学を持っていました。
“木”そのものの魅力はもちろん、こうした“人”の想いが木にこもるからこそ、木のおもちゃは、こどもたちの感性に響き、心にながくのこり続けるのかもしれません。