木でつくられた道具には、世代を越えて、ながく暮らしに寄りそっていくものがあります。木でつくられているからこその、手ざわりやぬくもり。「木の道具・玩具」のシリーズでは、大切に手入れをしながらつかい続けていきたい、木の道具やおもちゃと、そのつくり手たちの想いをご紹介していきます。
「けん玉」から「KENDAMA」へ
音楽に合わせて、リズミカルに踊りながら、けん玉の技を繰り出す…そんな映像を見られたことがあるでしょうか?2007年ごろ、日本に来ていたアメリカのウィンタースポーツの選手たちが、けん玉で遊んでいる動画をインターネットにアップしたことから、アメリカを中心に爆発的なけん玉ブームが起こりました。けん玉は、いまや「KENDAMA」として、世界中で人気を博しています。ワールドカップも開催され、ネット上にはスタイリッシュなパフォーマンス動画がたくさんアップされています。
そんなけん玉界で、美しさと精度の高さで伝説的な人気を誇る「夢元無双(むげんむそう)」というけん玉があります。今回は、けん玉発祥の地とされる、広島県廿日市市(はつかいちし)のイワタ木工さんにお邪魔して、その夢元無双がどのように生まれたのか、岩田社長(以下:岩田)にお話をうかがいました。
子供たちの「宝物」をつくりたい
けん玉を作ることになったきっかけについて教えてください。
岩田: イワタ木工は、元々、熊野筆(習字用の筆)の軸を作ってきた会社でした。けん玉を作り始めたのは、2000年ごろに、廿日市市からけん玉を作成してほしいという依頼があったからです。「廿日市市がけん玉発祥の地であるにも関わらず、けん玉を作る会社が無くなってしまった」というのがその理由でした。でもその時は、正直けん玉を作ることには懐疑的でした。実は依頼を受ける時まで、廿日市がけん玉発祥の地だということも知りませんでした。そして、作るところが無くなったということは、すでに必要とする人がいなくなったということで、新しく作る必要はないのではと感じたのです。
そこからどうして、生産を開始することになったのでしょうか?
岩田:廿日市で初めて行われたけん玉大会を見に行った時に、子供たちが本当に目を輝かせて技に挑戦している姿を目にしたんです。それまで見たこともないような多彩な技を、小さな子が一生懸命やっていました。実は私は、保育士になりたいと思っていたくらい、子供好きなんです。それで、この子たちに何かしてあげられることはないかなと考えました。そして、この子たちが宝物のように思える、本当に使いやすくて美しい、質の良いけん玉を作りたいと思い、けん玉の生産に踏み切りました。
最初から、美しさにはこだわっていたのですね。
岩田:そうですね。きれいなものを作ろうという思いは、けん玉を作り始めた当初からありました。でも、最初は全然売れなかったんですよ。保育園に「けん玉いかがですか?」と電話で営業をしたりしましたが、「あるので要らないです」と言われてしまったりして。そこで、保育園にけん玉指導に行きました。行った先で、そこにある他社のけん玉のメンテナンスをしたり、子供たちに遊び方を教えたりしました。そして、ボロボロになって使えないけん玉があったら、うちの製品に新調してもらったり……
岩田:そうこうしている間に、本気で大会に挑んでいる子供たちが使い出したら、競技者の間で使いやすいと話題になりました。当時のけん玉は、玉が楕円だったり、剣の長さが短かったりと、精度が低いものが多かったんです。競技者たちは、いくつかのけん玉を買って、それぞれの良い部分を集めて、自分なりに使いやすいと思うけん玉をカスタマイズして作り上げていたのです。でも、イワタ木工のけん玉は、誤差が0.2㎜以内になるように作っています。それで、精度が高くてとても使いやすいということで、人気が出ました。全国大会でトップ16まで、全部イワタ木工のけん玉で占められていたこともあるんです。その時は、本当にうれしかったですね。
道具としての、機能へのこだわり
けん玉作りで一番難しいところ、職人の腕の見せ所となるのは、どんなところですか?
岩田:まず、玉を完全な球体に作るところですね。これができなければ、重心が定まらず、技が安定しません。最初に木を削り出して球状にしますが、そこではまだ完全な球体ではありません。何層も塗装をし、磨きながら、形を微調整していきます。塗料にも、こだわりがあります。見た目の美しさはもちろん、傷がついても剥がれないような耐久性や柔軟性も必要になります。そして、技が決めやすいようにグリップ性があることも、とても大切です。
技が決まるためには、塗装も大切なのですね!他に、競技性を上げるためにこだわっていることはありますか?
岩田:玉には、色々なデザインが施されていますが、例えばこのグラデーションは、玉の向きが分かるようにする役割もあります。これによって、競技者は穴がどこを向いているかを確認しながら技を決めることができます。
岩田:また、中皿に穴を開けて胴の中心をくりぬいています。この部分が軽くなることで、技が決まりやすくなるんです。同時に、回転数を上げたりと、技の難易度があげられる。この作り方は、自分で「月面着陸」という技をやっている時に、もっとやりやすくしたいと考え出しました。
だんだん、けん玉が精密機械に見えてきました……!
岩田:技の決まりやすさだけでなく、音の出し方にもこだわっていますよ。
音ですか!?
岩田:技が決まった時の音も、けん玉の楽しさの重要な要素です。たとえば、玉をまっすぐ引き上げて、剣先に玉を指す「とめけん」という技があります。これは、玉が剣先に刺さった時に、受け側のどの部分に玉が当たるかによって音が変わります。より良い音を出すために、玉の当たる位置を調整します。使用する樹種によっても、技が決まった時の音が全然違うんですよ!たとえば、ブナだと「コンッ」という、少し重い音、メープルや桜などの硬い木だと「カンッ」という澄んだ金属音がします。
音まで大切にされているのですね。材料はどのように選ばれるのですか?
岩田:木は、固ければ良いわけではなく、適度な粘りがないと、技をかけたときの衝撃で、割れや欠けが発生します。良い材料を使うために、木の生産地や木を切る時期にもこだわります。木は、冬に入ると、成長を止めます。水を吸い上げる活動も落ちて、導管が閉まります。導管が開いた木を使用すると割れや欠けにつながるので、導管の閉まる、寒い時期に伐採された木を選んで使います。材料の良さには本当にこだわっているので、「夢元無双はトラックに轢かれても無事だった!」という都市伝説みたいなものまであるんです(笑)
美しさを追求した先にあるもの~「おもちゃ」からの脱皮~
競技性と同時に、美しさも大切にされていますね。
岩田:けん玉の付加価値を高めたいという思いがあります。私は、けん玉は、職人が高い技術を使って作っている造形物であると考えています。しかし「おもちゃ」だと思われている限り、質の高い商品を作って値段を上げることは難しくなります。けん玉を、彫刻と同じような造形物ととらえれば、遊ばなくても、飾っておきたいという新しい需要が生まれると思っています。
イワタ木工は2017年から3年連続で、フランスで開催される世界最高峰のデザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ」に夢元無双を出品しています。この展示が縁となり、高級時計メーカーであるフランクミュラーが、日本のお土産として限定販売したけん玉の制作を担当しました。
デザインでは、何を大切にしていますか?
岩田:今、海外ではやっているのは、わりとにぎやかなデザインですね。何色も使っていたり、文字が書いてあったりするタイプのものです。でも、それはイワタ木工の個性とは違うので、そこを追う気はないんです。イワタ木工が目指すのは、内から出る美しさです。メタリックや偏光パールを使い、何層にも塗り重ねることで出る陰影を大切にしています。特に、影の部分まで美しく見えるように気を配っています。
新時代の「けん玉」を創造する
今後について教えてください。
岩田:これからも、新しい塗装や表現は常に探していきます。これから浸透していくようなけん玉の価値とは何かを真剣に考えていますし、そのためには、けん玉の概念を変える必要があると感じています。例えば、機能と美しさを兼ね備えているバスケットシューズは、高価でもみんながその価値を認めてお金を払います。競技者のことを一番に考え、機能性を向上するために細部まで考え抜いて作り、同時にデザイン性も追及することで、憧れやコレクションの対象となっています。けん玉も、「持っているだけで気分が上がる」存在になりたいのです。
岩田: 同時にけん玉は、優れたコミュニケーションツールでもあります。このショップの中には、けん玉体験コーナーもあり、ワークショップなどを開いてけん玉の楽しさを伝える活動をしています。ショップに来る子供たちも、けん玉を通して、海外の人たちと普通に交流していますよ。世代や国を越えて一緒に遊べる、「けん玉」の楽しさが広がって行くことを願っています。
今回取材後に、取材メンバーも「とめけん」に挑戦しました。ほとんどけん玉に触ったことのないメンバーでしたが、いくつかのアドバイスをいただいてからチャレンジしたところ、なんと一度で成功!思わずガッツポーズが出ました。自然に笑顔になり、「けん玉はコミュニケーションツールでもある」ことを実感しました。遊びを通したコミュニケーションツールとして、カッコ良い技を決めるための相棒として、そして美術品として……けん玉は無限の可能性を秘めていました。
<取材協力>
イワタ木工
MUGEN MUSOU