〝いい顔してる植物〟をコンセプトに、独自の美しさを提案する植物屋、叢(くさむら)を主宰する小田さん。連載第2回目は、「叢03 新店舗立ち上げ」について。今年4月にオープンした東京の新店舗立ち上げまでのことを教えていただきました。手術台をイメージしたという不思議な展示台とは…?
百貨店の中の、サボテン屋
今回は、今年4月にオープンした東京有楽町にある阪急メンズ東京の新店舗立ち上げまでのお話をします。
全国的にも百貨店の中で、サボテン屋があるのはとても珍しいことで僕は聞いたことがありません。(屋上店舗とかはありますが)
きらびやかな宝飾品や服、インテリアなどが並ぶ中、サボテンを並べたいなんて、阪急もなかなか清水の舞台から飛び降りる勢いです。
阪急サイドからお話をいただいたのは、2022年の暮れ。通常新店舗のお話をいただく場合、1~3年前にお話をいただくのがこれまででしたが、今回はなんと4ヶ月前。
あまりにも時間がない急なお話でした。内装やスタッフ、店名、商品のことなど決めなくてはならないことが目白押しです。
実は百貨店とサボテンの相性は悪く、1階の路面店や屋上などだとまだ外光が入るために可能性はあるのですが、依頼をいただいたのは窓のない7階。当たり前ですが外光ゼロ。
そんな場所では、サボテンの維持が困難な上、状態の良くないものを販売してしまうことにもなりかねないので普通はお断りします。
現場は、元々美術ギャラリーがあった場所で、明るいことは明るいですが、サボテンにとっての光量は足りていない環境でした。
しかし、昨今LED照明や植物用育成ライトが進化していき、今や多肉植物の生産者ですら、太陽光に頼らず人工光で栽培する人たちが現れてきました。
そのような話も耳にするようになり
「外光のない空間で、植物を見せること」に新しい可能性を感じていました。
そういった流れで色々問題は山積みでしたが、お話を快諾することにしました。
お店を作るにあたって、まずはコンセプトから。
外光のない環境下で、どこまでサボテンや多肉植物を健康に美しく見せることができるか。そのことにチャレンジする空間を目指して考えていきました。
光の装置を考え、近未来的な研究所のような空間で、植物を育成実験させている空間、というテーマです。
空間のメインとなる什器は、実験室や手術室をイメージしたものを考えました。
素材はステンレスにこだわり、直線と光沢を主張するような什器をデザインします。
製作は、叢ではおなじみの、黒瀬の賀茂クラフトさん。
植物屋である叢が考えるデザイン
照明計画は、観音(広島)にあるコンセントさんに依頼。
全体のデザインは、デザイナーに相談することはやめて、植物屋である叢が植物のことを考えた上でデザインを行いました。
中央にあるメイン展示台は、光量を補うために大量のLEDライトを使用し、上下から光を当てています。
手術台をイメージしてデザインしています。
金属部分では繋ぎ目やネジの有無、電気部分では配線やコンセントボックスなどとにかくノイズとなるようなものは無くして、シンプルなものを目指しました。
実際シンプルなものを作るにはとても技術やアイデアがいるものです。僕は、シンプルに絵を描いただけですが、それを形にしてくれた賀茂クラフトさん、コンセントさんはとても大変だったと思います。
感謝です。
店舗右側の三台の什器は、電話ボックスくらいの大きさがあり、植物を美しく見せるための額縁のような役割をしています。
漫画ドラゴンボールのフリーザの宇宙船にあるメディカルマシーンとか、ゲームのバイオハザードに出てくる培養槽をイメージしています。
知ってる人は、「あーあれね」ってなったらうれしいです。
すぐそこは銀座という立地でこのようにゆったりと植物を1点置くというのは、もったいない気もします。
壁面緑化 とは
人工的な給排水システムを構築し、垂直の壁を緑化するものです。
一般的には、室内では耐陰性のある観葉植物の苗、屋外では地被性の草や蔓などの苗が使用されます。
この度叢03で使用した材料は、一品物の大きめの多肉植物です。
植物が主張する絵画のような、力強い植物の姿を演出しています。
植物育成ライトを使用することで、耐陰性の低い多肉植物も順調に育ちます。
この壁面緑化は一時的な装飾では無く、室内空間でも育っていくことができる植物を組み合わせ、もし植物が傷んだとしても簡単に交換できるシステムを考えています。
見えにくいですが、脇には 、江戸時代の東北地方にあった「車長持」というタンスを什器として取り入れています。
火事になった時に、これにものを入れて紐で引っ張って逃げるというタンスです。下部には木製の車輪が付いています。
「古き良きものから価値を感じること」は叢が植物を通して表現する概念です。
ステンレスやLEDなど新しいものを使いながらも、経年変化して味わいがあり、当時の人々の生活から生まれた工夫がある車長持のようなものを置くことで空間全体を本来のコンセプトと合致させたかったというのが、採用した理由です。
店内の内装を終え、次は商品です。
スタートは、きっちりとお迎えしたいので、陶芸家さんに鉢を製作してもらうことにしました。
依頼したのは、超人気作家の内田鋼一氏。通常内田さんは、何年も待ってようやく作陶してもらえるかどうか、の超多忙な方ですが、年始にお願いをしてわずか3ヶ月で製作していただきました。
内田さんはアフリカや西アジアの骨董にも精通されており、今回の鉢は砂漠地域の古い鉢をイメージされています。
素朴な素焼きの肌あいを維持しつつ、鉢としての強度を持たせたかなり特殊で手間のかかる焼きを行なっていただきました。
今回の店舗が出来上がったことで、新しい素材とサボテンを組み合わせ、これまでとは違ったサボテンのステージを作れたと思っています。
普段の植物やサボテンを見る目線とは違う角度で、叢03のサボテンをご覧いただければ、もしかしたらこれまでとは違う美しさや面白さに気づいてもらえるかもしれません。
新しい価値に気づくことで、日々の暮らしが少しでも豊かになったらうれしいです。
〝いい顔してる植物〟をコンセプトに、独自の美しさを提案する植物屋、叢 – Qusamuraを主宰。広島を拠点に、2019年世田谷代田、2023年有楽町に出店。サボテンや多肉植物の販売を行うほか、ホテルやオフィスなどの植栽も手がける。代表作に2016年銀座メゾンエルメスショウウィンドウを担当。関連写真集は、「叢の視点」(2021)など多数。
Instagram:@qusamura_official